儀仗兵ロットの憂鬱(八)

 地下水路の奥で折り重なっていた人骨が灰となって消え去った後、残されていた衣服の残骸を拾い上げる。大きさも材質もまちまちだが、全て男性用のものだ。やはりここに棲みついているのは男性を誘惑して捕食するという妖魔、蛇女ラミアだろう。


「新しい遺体もあったから、今も使っている巣だね。ここで待ち伏せしよう」


「【照明ライト】の魔術は解除する?」


「ううん、このままでいい」


 私の知識が正しければ、蛇は視覚よりも匂いや熱で敵を感知しているはずだ。ならば光を消してしまえばこちらだけが不利になる。上半身が女性の姿だという蛇女ラミアが蛇と同じ生態とは限らないけれど……




 ふと隣を見ると、ロット君が鞘に納めた剣を両手で握り締めて目を閉じていた。これから恐るべき妖魔と対するのだから無理もないと思ったが、その顔から読み取れるものは恐怖ではなかった。むしろ決意、覚悟というたぐいの言葉がその表情からにじみ出ている。


「どうしたの?ロット君」


「……もし、もしさ。敵が蛇女ラミアだとして、俺が誘惑されてお前に剣を向けるようなら、遠慮なく斬り捨ててくれよな」


 そうだった。彼は達人エスペルトを目指す剣士である前に優しい青年で、自分が傷つくことよりも誰かを守れないことを恐れている。

 村が妖魔の群れに襲われた時は傷ついた私の代わりに食人鬼オーガーの前に立ちはだかり、力及ばず倒れた自分を恥じて剣を地面に叩きつけていた。ロット君は自分が妖魔に敗れ喰われることよりも、自らの手で私を傷つけてしまうことを恐れているのだ。


「大丈夫だよ、ロット君。自分と私を信じて」


 ロット君の手に右手を重ねる。微かに震えているが大きくてたくましい手だ、彼は都会の華やかさに憑りつかれてはいても日々の修練を怠っていない。

 ふん、と鼻を鳴らして目をそらしたエリューゼだったが、すぐにその顔がひきつった。


「き、きた……!」




 曲がり角の向こうから聞こえる、何かがいずるような音。その気配から察するにかなりの重量だ。蛇女ラミアだとすれば大きな個体なら体格は我々人族ヒューメルの数倍に至り、熟練の戦士や魔術師でも単独で挑むのは避けるべきとされている。


 ずるずるという音が不意に止まり、生臭い匂いが流れてきた。こちらに気付いて警戒しているのだろうか。

 早鐘のように鳴る鼓動を押し隠して腰の細月刀セレーネを抜き放ち、自らを鼓舞するように一振り。気配を十分に引き付け、巨大な影が姿を現すと同時に通路に飛び出した。


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 一筋の閃光が巨体の中央に突き刺さるが、恐るべき妖魔は小うるさげに身をくねらせただけ。

 やはり蛇女ラミア、それも並みの大きさではない。数百年を生きた巨木ほどもある蛇の胴体に女性の上半身が乗っている、その口は大きく裂け鋭い牙が覗き、人族ヒューメルの子供など一呑みにしてしまいそうだ。




 ことさらに剣を振り回し水飛沫を上げる私を喰らわんと鎌首をもたげる蛇女ラミア、その背後で長剣がうなりを上げた。


「おらああっ!」


 無防備の胴にロット君が満身の力を込めた横薙ぎ。だがそれは硬い鱗に阻まれ、妖魔を存分に切り裂くには至らなかった。蛇の威嚇音に甲高い女性の悲鳴が混じり、尻尾ががらがらと激しい音を立てて震える。


 ちっ、というロット君の舌打ちは敵を仕留め損なったことよりも、不甲斐ふがいない自分に向けられたもののようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る