儀仗兵ロットの憂鬱(七)
「誰だお前。危ないから子供は離れてろ」
「アンタこそ誰よ、偉そうに。でかい体に空っぽの頭乗せてんじゃねえよ」
「ああ!?このクソガキ……」
ロット君とエリューゼは初めて顔を合わせたはずだが、何故だか最初から極めて相性が悪かった。いきなりの応酬に驚いて割って入ってもまだ
「ええとね、この人はロット君。私のお兄ちゃんで……」
「嘘。全然似てないもん」
即答されてこの子の鋭さに驚いた。確かに私とロット君は血が繋がっていないが、それを言い当てたのは付き合いの深いカミーユ君くらいのものだ。
「本当だよ。色々あって血は繋がってないけど、兄妹なんだ」
「ええ?こいつが~?」
「こいつだと!?お前な、年長者に対する礼儀ってものを……」
「アンタにお前呼ばわりされる筋合いないもん!」
もはや何に対して腹を立てているのかわからない二人を
「エリューゼ、私と同じように詠唱してみて。天に瞬く光の精霊、来たりて闇を照らせ。【
「天に……光の精霊?……闇を?照らせ。【
詠唱とは魔術を発現させる際の手続きのようなもので、精神を集中させこれを正確に行うことで術者が望むように精霊を行使しやすくなる。十分な魔力と練度があれば省略することもできるが、格段に精度と威力が落ちてしまう上に術者の消耗も大きい。
これを知らないエリューゼが今まで魔術を操っていたのは並外れた魔力のおかげだ。その証拠に、彼女が持つ棒切れの先に灯った白い光は私のものより強く輝いている。
「へえ、すごいな。魔術師なのか」
「……ふん!」
これは褒められることに慣れていないエリューゼの照れ隠しだろう。私もロット君も苦笑いするしかなかったが、ともかく私達は階段を下りて地下水路に入った。
水路は数人が並んで歩けるほど広いが足元を流れる水は黒く濁り、様々な悪臭が入り混じったひどい匂いがする。両側に人が歩くための通路もあるにはあるが、場所によってはどうしても汚水に足首まで漬からなければならない。
ロット君などは新しい軍服が汚れると嘆いたものだが、そう言いながらも一番危険で神経を使う先頭を歩く姿は頼もしい。しばらく探索を続けるうち、エリューゼが何度目かの警告を発した。
「そっちは危ないよ。途中で道が崩れてるところがあるから」
「そうなの?エリューゼ、ずいぶんこの水路に詳しいね」
「みんなの遊び場だったから。でも最近来なくなった、危ないから入るなって」
「大丈夫?怖かったら戻ってもいいんだよ」
「怖くないもん。それにアンタ言ったでしょ、アタシはすごい魔術師になれる、その力は人のために使えって」
エリューゼとは二度会っただけだというのに、私の言葉を覚えていてくれたのか。ならば魔術を悪用していないというのも本当だろう、どうにかしてこの子の未来に光を灯してあげたい。泥とごみの山に
「そうか、小さいのに偉いぞ。あとは生意気な口を直さなきゃな」
「ちょっと、触んないでよ!」
頭を撫でられたエリューゼがロット君の
「静かに。何かある」
途端に静かになった暗闇の中を息を潜めて進み、【
「……骨だ」
骨、それも人骨が折り重なる中から衣服の切れ端が覗いている。この状態では年齢や性別は判別できないが、この悪臭漂う水路においてもさらに酷い腐臭を放つのは最近のものか。私は背中でエリューゼの視界を塞ぎ、人骨に向けて【
この世に未練を残した者が偽りの命を与えられぬよう、その眠りを妨げられぬよう願って遺骨に触れる。それは崩れ落ちて灰となり、緩やかな水の流れに乗って運ばれていった。
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