儀仗兵ロットの憂鬱(六)

 まだ少し湿っぽい衣服に袖を通し、簡単に顔を整えて手早く髪をく。洗面所に身支度の道具が一通り揃っていることに驚いたものだが、常に人の目にさらされる儀仗兵ぎじょうへいは身だしなみに気を付けるよう厳しく言い渡されており、そのための道具も支給されているという。


 なら部屋も綺麗にすればいいのに、うるせえ、という昨日と同じやりとりの後、ようやく肝心の話をすることができた。昨夜ロット君が帰ってきたのはかなり遅い時間だったし、着替えてすぐに眠ってしまったため本題に入る余裕がなかったのだ。


「ねえロット君、蛇女ラミアの討伐を手伝ってくれない?」


蛇女ラミア?そんなもんがどこにいるんだよ」


「貧民街の地下水路。もう何人も被害が出てる」


「軍に任せればいいだろ。わざわざお前が行く必要なんかねえよ」


「それはそうなんだけど、ちょっと考えがあって。どうしても嫌?」


「嫌っていうかさ、俺なんか行っても仕方ねえだろ。だいたい俺はお前より弱いんだぞ」




 やっぱり気にしているか。初年度から儀仗兵ぎじょうへい抜擢ばってきされて気を良くし、王都の洗練された剣術を身に着けて自信を深めたところで私に負けて卑屈になっている。


 彼が剣の達人エスペルトになるには必要な経験だとは思うけれど、これで心折れて二度と立ち直れない未来だって考えられる。十五歳のあの日、将来の夢を誓い合った彼が夢破れて凡庸ぼんような剣士で終わってしまうのはあまりにも悲しい。


「ロット君は強いよ、頼りにしてる」


「行かねえぞ、俺は。今日はパレオとデートなんだからな」


「正午に貧民街の地下水路入口に来て。待ってるから」


「行かねえって言ってんだろ。それに蛇女ラミアって男を誘惑する妖魔なんだろ、俺なんか真っ先にやられるに決まってんだろ」


「それも大丈夫」




 パレオとは誰だろう、あの都会風の美女だろうか。気にならなくもなかったが聞くのは避けた、印象の良くない女の話をしても仕方がないから。

 それよりも、とポケットから昨日の首飾りを取り出し、ロット君の首に掛ける。いや、掛けようと思いきり背伸びして手を伸ばしても届かなかったので、少し背中をかがめてもらってようやく首に掛けた。


「これは誘惑に負けないおまじない。ロット君は負けないよ、蛇女ラミアにも、悪い女にも」


「悪い女って誰だよ」


「それは自分自身で判断して」




 一度宿舎に戻り、食事を摂って自室で少し休んでから向かった貧民街。

 太陽が真上に差し掛かった頃、果たして彼は現れた。長剣を腰に帯び実戦用の軍服を着た姿は華麗な儀仗兵ぎじょうへいではなく、まぎれもなく一人の勇敢な剣士だ。


「待ってたよ、ロット君」


「俺が来ないとか思わなかったのか、お前は」


「うん。必ず来てくれると思ってた」




 そしてもう一人。地下水路の入口で待っていたのは、薄汚れた体にぼろぼろの衣服だけをまとい、杖の代わりにただの棒切れを手にした魔術師の卵。


「お待たせ。行こうか、エリューゼ」

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