亜人種自治区における産業の調査および振興(一)

 長旅続きで疲労は隠せないというのに、私の足は軽かった。

 以前から申請していた『亜人種自治区における産業の調査及び振興』、この件への着手が認められたのだから。


 さっそく現地の住人に案内をお願いする旨の手紙を送ると、驚くほど早く了承する旨の返書が届いたものだ。私が握るそれには丁寧に書かれた小さな文字が並んでいる。

 差出人はプラタレーナさん、通称プラたん。無口なハーフエルフ。あの濃密な二年間を共に過ごした軍学校時代の友人だ。


 エルトリア王国南東部、広大な森そのものを領域とする亜人種自治区。国の庇護ひごのもと高度な自治を許されている……というのは人族ヒューメル達の言い分で、そこに住む亜人種や半獣人の多くは人族ヒューメルの王国など相手にしていない。境界にあるいくつかの村で僅かに交易を行っているだけだ。


 馬車が通れるような街道を外れて徒歩で一日。交易村のうちの一つ、石造りの町を森の木々がほとんど飲み込んでしまったような場所にたどり着いた。


 フルシュ村。地図にもプラたんからの手紙にもそう書かれている。




 二足歩行の兎のような種族の子供と耳の長い子供が駆け去っていく。

 頭に一本角がある大柄な女性と擦れ違う。

 屋台で飲み物を売る女の子の背中には大きな白い翼が生えている。


 むしろ純粋な人族ヒューメルの方が珍しいのだろうか、時折こちらを振り返る人がいたり子供に見上げられたりする。屋台で果物ジュースを注文して学校の場所を聞くと、翼人族ハルピュイアの女の子はぱたぱたと翼を小刻みに動かしながらその場所を教えてくれた。


『学校』。つるが絡む大木に掛けられた看板に、それだけがしるされている。町の名前も人の名前も冠さない『学校』、その素朴さが嬉しくなってしまうのは何故だろう。


 建物は古い教会を利用しているのだろう。木々に侵食されて装飾物などは跡形もないというのに、建物自体は大していたんだ様子もない。私達が学んだ魔術に建造物を長期間保護するようなものは無かったと思うが、魔術とは異なる力で守られているのかもしれない。




「間違えても気にすることねえだ。先生と一緒に、大きな声で歌うだよ」


 開け放たれた教室の窓から聞き慣れた声が聞こえてきた。豊かに波打つ亜麻色あまいろの髪、そこから突き出した長い耳。様々な種族の子供達に読み書きを教えているのは、まぎれもなく私の学友だ。


『ひとつ、一人じゃ食べきれない』

『ふたつ、双子ふたごドラゴンも』

『みっつ、みんなで分けたなら』

『よっつ、夜中におなかがすいても』

『いつつ、いつでも食べられる』


 一角族コルヌス翼人族ハルピュイア蜥蜴人リザードマン、姿も声も様々な子供達が元気に歌い終えると、懐かしさのあまりつい声をかけてしまった。


「頑張ってるね、プラタレーナ先生」

「ユイちゃんけ!?」


 窓越しに私の両手を握ったプラたんは一つせき払いをすると、とがった耳をぴんと立て、正しい発音の共通語で言い直した。




「……ようこそ、フルシュ村へ。ユイちゃん」

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