最果ての魔術師(二)

 我々人族ヒューメルの生存圏の一部である『大平原』と、魔の領域とされる『大樹海』。その曖昧あいまいな境界線がここにある。


 メルケ村は人口約二百人、広大なエルトリア王国において最も北西に位置する最果ての集落。穀物を主とした農作物を産するだけの小さな村であり、時折ときおり大樹海から現れる妖魔の襲撃を受けて助けを求めるとき以外は周辺の都市にすらその名を忘れられていた。


 しかし近年になって農作物の質と生産量が飛躍的に向上し、年に数度だけ訪れる徴税官を驚かせた。二割増しの税金と個人的な礼金を懐に収めた徴税官は喜んで村の発展を報告し、王都でも一躍メルケ村の名がささやかれることになった。


 だが同時に別な噂も流れ始めた。その最果ての村では若い赤毛の魔術師が領主のごとき振る舞いで村民をしいたげ、訪れる官吏にそでの下を握らせて黙認させているという。




「悪いねえ、領主様の許可なしに商売を認めるわけにはいかないんだよ」


「左様でございましたか。ところで領主様というのはどんなお方です?」


 この三日ほど薬師くすしの老婆をよそおって村を回り、鉱物をすり潰した粉末や乾燥させた薬草をおろそうとしたが、相手にしてくれる店は一つも無かった。気の毒に思った道具屋の主人が個人的に傷薬と強壮剤を買い取ってくれただけだ。




「さて……」


 私は老婆の姿のまま、田園地帯の切り株に腰掛けて村の様子を思い返した。


 人口は約二百人と聞いていたが、おそらく今ではそれよりも多い。整然と区画分けされた農地、牛馬と最新の農耕具を使っての大規模農業、それから灌漑かんがい設備の整備にはおそらく土の魔術が使われている。領主を名乗る魔術師フレッソの力と知識によるものだろう。




 そこまでは良い、だが気になるのは村の仕組みだ。


 小高い丘の上に建つ立派な館には頻繁に人が出入りし、小さな家々を見下ろしている。

 さらにその下、『大樹海』に接する場所に建てられた粗末な小屋には木柵が巡らされ、短槍を持った複数の兵士が周囲を警戒している。


 そこに起居しているのは、痩せこけてぼろぼろの服を着た者たち。実際に農作業や水路の工事をしているのは主に彼らのみで、一般の村人は作業の指示を下すか、そうでなければ昼間から遊びほうけている。


『二級村民』。この村に着いた日、兵士はそう言った。


 名称が異なるだけで彼らは農奴に等しく、最低限の食事や水を与えられるだけでひたすら労働に従事している。この村の急速な発展は技術の向上だけでなく、厳しい独自の身分制度による搾取さくしゅが要因だと思われる。常駐する複数の兵士も妖魔の襲撃に備えるというより、彼らの脱走を防ぐためのものだろう。




 村に一軒だけの宿屋は新しく清潔で、王都フルートや大都市アカイアにある流行りの宿屋と比べても遜色そんしょくがない。夕食も川魚や山菜、根菜類を使った素朴なもので、変に気取っていないところに好感を持ったものだ。それらが『二級村民』と呼ばれる者達の労働力を搾取さくしゅして得られたものでなければ。


 その料理や部屋についてひとしきり褒めると、気を良くした宿の主人が香草茶を御馳走してくれた。

 ただ、その後の会話は私の巡見士ルティアとしての未熟さを示すものだったかもしれない。世間話を装ったつもりがやや追及の成分を含んでしまい、ご主人が時折り言葉に詰まる様子を見せたからだ。


「お料理もお茶も、大変美味しく頂きました。全てこの村で採れたものですか?」


「香草だけは隣町から仕入れています。小さな村なので、なかなか全て自前とはいきません」


「隣町から?あの荒れた道では馬車が通るのも大変でしょう」


「近いうちに整備されるはずですよ。領主様が行政府に働きかけてくれましたから」


「噂によると、領主様は大変立派な方とお聞きしましたが」


「そうなんです!あの方のおかげで村が大層発展しましてね。村人はみな感謝しております」


 そうだろうか、と村の入口で出会った少年を思い浮かべた。『二級村民』と呼ばれていたあの子は一日中、鞭打たれ追い立てられるように働かされていた。痩せこけ薄汚れ傷ついた彼らが感謝しているとは到底思えない。


「村はずれで農作業をしている方々の家を見かけましたが、皆さんあそこで暮らしているのですか?」


「え?ああ、そうですよ」


「彼らは二級村民と呼ばれていたようですが、どのような仕組みなのです?」


「それは……」


「それらの仕組みも領主様がお考えになった?」


「ええ、まあ……」


 失礼しました、とご主人に頭を下げて部屋に戻ったものだが、この時の私は『領主様』とやらに対する嫌悪感を隠しきれていなかった。何しろここはエルトリア王国の直轄地であり、領主などは存在しない。本人がそう名乗っているだけだ。




 後になって考えれば、私はもっと賢く立ち回るべきだった。ここはもはや敵地であり、相手は自信過剰ではあっても有能で油断できない魔術師なのだから。

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