魔人族の小さな幸せ(六)

 鉄製の円匙スコップを軽々と振り回して小鬼ゴブリンの首をね、奪い取った手斧で豚鬼オークの頭蓋を叩き割る。

 魔人族ウェネフィクスであるエレナさんの身体能力は我々人族ヒューメルの比ではなく、はかなげな細身の体で手当たり次第に妖魔を斬り捨て、叩き潰していく。背後の心配が無くなった私も目の前の敵だけを斬り伏せる。




 それでも数に任せて襲い来る妖魔の勢いは衰えず、私達は背中合わせのまま重囲の中に閉じ込められてしまった。エレナさんは腕力にも敏捷性にも優れるが戦い慣れているわけではなく、しばしば姿勢を崩しては手傷を負ってしまう。


「んうっ……!」


「エレナさん、しっかり!もう少しです!」


 加えて厄介なのが羽魔インプだ。子供ほどの大きさだが背中の羽で宙を飛び回り、耳障みみざわりな奇声とともに【暗黒球ダークスフィア】などの破壊魔術を放ってくる。魔力は弱く致命傷にはならないが、確実に傷を負わせてくるのが嫌らしい。


「空を駆けし自由なる風の精霊、その意のままに舞い狂え!【暴風ウィンドストーム】!」


 にわかに巻き起こった暴風が頭上の羽魔インプをことごとく巻き上げ、大きく弧を描く。数匹の小鬼ゴブリンを巻き添えにして地面に叩きつけられた彼らは、濁った悲鳴を上げて動かなくなった。


 豚鬼オークの死体の上に小鬼ゴブリンの死体が、さらにその上に羽魔インプの死体が積み上がる。あまりの惨状にひるんだかに見えた妖魔の群れも、低いうなり声を上げて再びその輪を縮めてくる。

 私にももう大規模魔術を使えるほどの力は残っていないが、それよりも心配なのはエレナさんの方だ。戦いに慣れていない彼女は先程から激しく呼吸を乱し、赤い返り血に混じって自らの青い血を垂らしている。


「っく……ごめんなさいユイさん、私のせいで……」


「いいえ!エレナさんは何も悪くありません!」


 棒切れを振りかざす豚鬼オークの喉元へ刺突。剣を引き抜くと鮮血が噴き上がり、死闘の場に赤い雨が降り注いだ。もはや全身を濡らすものが汗なのか血なのか脂なのかわからない、いつ力尽きて乱刃に切り刻まれるかわからない。でも私は心に決めている、生をあきらめることはもう二度としないと。


 これまで積み上げてきた努力も、出会ってきた人達との縁も、これから起こるであろう出来事も、絶対に無駄にはしない。どんなに辛くても苦しくても手足をがれても、最後まで自分を信じて生き残ってみせる。


「来い!みんなたたっ斬ってやる!」


 左肩に突き立てられた短剣に構わず体をひるがえし、短剣の柄を持ったままの小鬼ゴブリンを真二つにで斬る。親友から授かった細月刀セレーネは、浴びるほどの血を吸っても鈍るどころか銀色の月のごとき輝きを増しているかのようだ。




 なおも噴き上がる凄惨な血煙にひるんだか、妖魔どもの包囲が緩んだ。おかげで死闘の合間に一息つくことはできたものの、それは戦況の好転を意味しない。私達を取り囲んでいた妖魔が村に向かうことになるから。


 迎え撃つ数人の村人、その中にフェルケさんがいた。だがくわを滅茶苦茶に振り回しているだけで腰が引けている、顔からはおびえの色が見て取れる。


「エレナが戦っているんだ。ぼ、僕だってやってみせる!」


 だが。豚鬼オークが棍棒を一振りすると、くわ呆気あっけないほど簡単に宙を舞った。倒れ込んだフェルケさんの頭上に棍棒が落ちてくる。


「助けてファルネウス!いるんでしょう!?」


 ずっと控え目だったエレナさんが発したとは思えない大きな声。棍棒を掲げたまま動きを止めた豚鬼オーク、その胸から血濡れた剣先が飛び出している。




「ちっ、慣れない事をするからだ」


 あからさまな舌打ちとともに血濡れた剣を引き抜く若い男。ファルネウスと呼ばれたのは、宿に食材を卸していた商人風の男だった。


 見た目には目立った特徴が無いようにも思えるが、その身体能力は目をみはるものだった。小鬼ゴブリンの横を駆け抜けざま胴を輪切りにし、豚鬼オークを脳天から股まで斬り下げる。雑草でも刈るように数匹の妖魔を切り捨てた男は、言葉とともにつばを吐き捨てた。


せろ、下等種族ども」


 小鬼ゴブリンが、豚鬼オークが、雷におびえる羊のように逃げ散っていく。それを追いもせず剣を納めた男だったが、その光景を見ていた村人も妖魔と同じように後ずさった。


「こ、こいつも魔人族ウェネフィクスだ!」


「ふん……」


 彼らにも妖魔に向けたものと同じような視線を送り、鼻を鳴らすファルネウスさん。悠然と立ち去る魔人族ウェネフィクスの男は、最後にちらりとエレナさんを見たようだった。

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