魔人族の小さな幸せ(七)

 この地方らしい柔らかな陽が射す朝、私は旅立つ二人を村の端まで見送った。


 フェルケさんが荷車を引き、腕を吊り足を引きずったエレナさんは赤子を背負っている。

 私も【応急処置ファーストエイド】の魔術で多くの傷は塞がっているものの、少し無理をすると傷口が開いてしまうし、打撲の痛みも失血の影響も残っている上に疲労が抜けていない。村での立ち回りも戦い方も、もう少しやりようがあったかもしれない。何もかも自分の未熟さを思い知らされるばかりだ。




「私の力が及ばず、申し訳ありません」


「そんな!ユイさんにはとてもお世話になりました。助けて頂いてありがとうございます」


 夫妻は恐縮したようだが、私は深く下げた頭をしばらく上げることができなかった。


 どうしてこの夫婦が村を去らなければならないのか。法を犯したわけでもなく誰に迷惑をかけたわけでもない、ただ小さな幸せを求めて穏やかに暮らしていただけなのに。


「どちらに行かれるのですか?」


「わかりません、当てがあるわけでもありませんので。亜人種自治区ならば種族に関係なく迎えてくれるのではないかと考えています」


「それなら、フルシュ村の学校で読み書きを教えているプラタレーナというハーフエルフの子を頼ってください。彼女なら悪いようにはしないはずです」


「ありがとうございます、それでは」


 後悔はある。最初から兵を借りれば良かったかもしれないし、個人の感情を排して村人達をなだめていれば良かったのかもしれない。


 でも、とエレナさんが背負った赤ちゃんに触れる。私の指をようやく握れるような小さな手。偏見と差別に満ちた村で成長することが、この子にとって良いとはどうしても思えない。

 アピオちゃん、私と同じ『結ぶ』という意味の名前をつけられたこの子が、どうか人族ヒューメル魔人族ウェネフィクスの間を結んでくれますように。そう願わずにはいられなかった。




 数日の後、今度は私が見送りを受ける側になった。


 要請していた近隣の領主からの守備隊到着をもって私の任務は完了したからだ。あとは増援部隊を待って森の妖魔を掃滅することになるだろう。

 このナナイ村ではずいぶんと反感を買ってしまったけれど、中には例外もいる。こうして見送りに来てくれたラムザ君とその友人達。


「先生よお、もう行くのかよ」


「うん。私の仕事は終わったみたいだから」


「すまねえ、最後までクソみてえな村でよ」


 先日の私と同じように、ラムザ君は長身を折り曲げて下げた頭をしばらく上げなかった。


「なあ先生。俺ら悔しいんだよ、あんな腐った大人どもがでかいつらして、勝手に正しいだの正しくないだの決めつけて、全部誰かのせいにして、女二人に命張らせてよ。あんたみたいに強くなったら、こんな思いしなくて良くなるのかな」


「ううん、ならないよ。あなた達も見たでしょ、いくら強くなっても思い通りにならなくて悔しくて、情けなくなる」


「……」


「私は強いとか、優れているとか、人を助けられる力があるとか、そんなふうに思い上がるつもりはないよ。ただ私もたくさんの人達に助けられてきたから、少しでも誰かの助けになれれば良いと思うだけ。あなた達が強くなればこの村を変えることができるかもしれない、広い世界で自由に生きられるかもしれない。そうなってくれれば嬉しいな」


 その言葉を噛み締めるように目を伏せる若者達。私は湿っぽくなった空気から逃げるように、またね、と手を振ってきびすを返した。




 街道の先で振り返る。小さくなった彼らはまだこちらを向いたまま。肩越しにもう一度手を振ると、周りから小突かれた一段背の高い影が他とれ合いつつ手を振り返した。


 ちょっと照れくさくなった私は今度こそ前を向き、長閑のどかな、長閑のどかすぎる陽射しの下を歩き始めた。





ひとまずお話は一段落しましたが、原因や裏事情などが説明不足なので、このエピソードにはもう一つ続きがあります。次の更新をお待ちくださいませ。

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