女神の塔(十)

『女神の塔』の下層階は礼拝堂や展示室、多目的室などで、一般市民が自由に出入りすることができるようになっている。おかげでラミカと私は難なく塔の中にに入ることができたが、四階以上の中層階に上るには階段の前に立つ神官兵をどうにかしなければならない。


 とはいえ私達は魔術師だ、侵入自体はそれほど難しいものではない。【不可視インビジビリティ】、【開錠アンロック】、【睡眠スリープ】といった潜入に適した魔術を、ラミカほどの魔術師ならば何度でも使うことができるのだから。




「安らかなる生命の精霊よ、の者を深き眠りにいざなえ。【睡眠スリープ】」


 

 もうどれほど上ってきただろうか。幸せそうに眠る二人の神官兵を物陰に引きずり、さらに上層階へ。


「ぶへぇ……」


「どうしたのラミカ、早く行かなきゃ」


「むーりー。先に行って」


 だが、計算違いはラミカの体力の無さだった。魔術を使うよりも階段を上ることで消耗してしまったようで、途中で拝借した神官衣をはだけスカートの裾をめくり上げて、とうとうその場に座り込んでしまった。

 見れば衣服の背中が貼りつき、顎からしたたるほどの大汗をかいている。窓から下を覗けば広場の人々が豆粒のように見える、私でさえ息が切れるほどの階層を駆け上がってきたのだ。これ以上の無理はさせられない。


「わかった。ゆっくりでいいから来てね」


「おー」




 二段飛ばしに階段を駆け上がる。こう言うのは申し訳ないけれど、ラミカと一緒だったときの数倍の速度で一気に駆け上がったおかげで、目的の者にすぐに追いついた。


「ミオさん!エリューゼ!」


 その声に振り返るミオさん、その表情から動揺はうかがえない。


「あら、また来たの?いま忙しいのだけれど」


「リラちゃんをどうするつもりですか」


「お互いに知っていることをわざわざ聞くのは質問とは言わないわ。時間の無駄ね」


 ミオさんはあごで合図をしたのみで足を止めず、リラちゃんの手を引いてさらに階段を上っていった。その場に残ったのは『幸運の魔女』エリューゼただ一人。




 十人が両手を広げたまま上れるほどの白亜の大階段、その上下で視線がぶつかった。


「エリューゼ……」


「そこを退けとか、アタシを傷つけたくないとか、今さら言わないよね。アンタ」


 この輝く才能をごみの山から見出し、磨き上げるきっかけを作ったのは私だ。子供の人生を浪費する親から引き離し、暗く湿った貧民街から魔術の光溢れる学校に導いた。


 だが、言ってしまえばそれだけだ。知らない世界に一人で放り出された不安にも、おそらく向けられたであろう嫉妬や差別にも、私は気づかなかった。本当の意味でエリューゼを助けたことにはなっていなかったのだ。


 だからこうして今、彼女は私の行く手をはばんでいる。

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