女神の塔(十一)

 不必要なほどの横幅、無駄なほどの装飾。『女神の塔』の最上層に続く白亜の大階段。そこで私は自らが見出した魔術師の卵、エリューゼを見上げていた。




「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 エリューゼが掲げた宝玉付きの長杖ロッドから光の矢が次々と撃ち出され、私のそれをことごとく粉砕して足元の階段をえぐる。

 剣士が剣を打ち交わすように、魔術師は破壊魔術の基本である【光の矢ライトアロー】を撃ち合えば互いの力量をはかることができる。


「強くなったね、エリューゼ。ちゃんと魔術を学んだんだね」


「てめえ、馬鹿にしてんのかよ。その程度の魔力で偉そうな口利いてんじゃねえ」


「違うよ。いろいろ辛いこともあったはずなのに、魔術の勉強はおこたらなかったんだね。嬉しいよ」


「それが馬鹿にしてるって言ってんだよ!」


 続けざまに放たれた【光の矢ライトアロー】が私の【魔術障壁マジックバリア】を簡単に貫き、身をかすめていく。やはりこの子の魔力はあのラミカに匹敵するほどだ、私などでは勝負にもならない。でも。


「……相変わらず優しいね、エリューゼは」


 貧民街で初めて出会った時もそうだった。この子は私に対して何度も何度も警告して、ようやく放った【光の矢ライトアロー】も怪我をさせないように足元の地面をえぐるだけだった。言葉は乱暴でも簡単に人を傷つけることができるような子ではない。


「くそっ、めんな!アンタなんか、アンタなんかな、こうしてやる!」


 エリューゼが掲げた長杖ロッドの先に火球が生まれ、渦を巻いて膨らんでいく。

 中級破壊魔術【火球ファイアーボール】、それも私を丸ごと呑み込むほどの大きさだ。こんなものが直撃すれば私など原型をとどめないだろう。


「エリューゼ、あなたはそんな事ができるような子じゃない。あなたが本当は優しいことも、たくさん努力してきたことも、私にはわかるよ」


「くっそ!分かったような口利きやがって!もうアンタなんか何とも思ってねえんだよ!」


 振り下ろされる長杖ロッド。撃ち出される火球。視界いっぱいに赤と黄色が渦巻き、熱風と衝撃波が全身を叩いた。




「……やっぱりあなたは優しいよ、エリューゼ」


 背中の外套ケープを一振りすると、白い粉が舞った。真横の階段と手摺が崩れ落ちているが、私は多少の瓦礫を浴びただけ。エリューゼはやはり私を消し飛ばすことなどできなかった。


「……アンタだって同じだろ。その剣は飾りかよ」


 その通りだ、この隙に間合いを詰めて剣を突き出せば勝負は決まっていた。私にもエリューゼを斬る覚悟など無い。


「一応聞くよ、エリューゼ。そこを通してくれない?」


「ふざけんな。今度こそ吹っ飛ばしてやる」


 言葉ではそう言いながら、互いに動くことができない。動けば今度こそどちらかが倒れることになるから。もしかするとミオさんはここまで計算してエリューゼを残したのだろうか。




 だが。息が詰まるような膠着こうちゃくは、思わぬ物によって破られる。


 突然空中から視界に飛び込んできた丸い物体。それは柔らかな重量感をもって私とエリューゼの間で弾んだ。


「ぷはー!おまたせー!」


 柔らかそうな丸い物体、ラミカは顔じゅうから汗をしたたらせて大階段に降り立った。


「ラミカ!まさか【飛行フライト】を使ったの!?」


「おー。体力より魔力使った方が楽だってわかった」


 そんな馬鹿な。上級魔術を使うより足で階段を上る方が消耗するなど普通では考えられない……が、この子はあらゆる意味で私の理解を超えている。


「行きなよユイちゃん、お子ちゃまは私に任せなって」


「でもこの子は……」


「何でも一人で背負い込むの、ユイちゃんの悪い癖だよー」


「……わかった。エリューゼのこと、お願い」


 長杖ロッドを構えて向かい合う二人の天才魔術師、その横を駆け上がる。すれ違いざまに横目でエリューゼを見たが、視線が交差することはなかった。




「……アンタみたいな苦労知らずのデブになんて負けないから」


「デブじゃないし!ちょっとぽっちゃりしてるだけだし!」


「黙れこの白豚。誰がどう見たって正真正銘のデブだっての」


「あったまきた!このクソガキ、けちょんけちょんにしてやる!」

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