それぞれの決着(五)
「だめだあ、全然勝てないよ」
ひんやりと背中が冷たい。汗だくで床に転がった私を、カチュアが困ったような顔で、ポーラさんが心底楽しそうな顔で見下ろしている。
ユーロ侯爵家の居城、殺風景な訓練室。板張りの壁に何本もの木剣や模擬剣が掛けられているだけのこの部屋で、先程まで剣戟の音が響いていた。
「ユイちゃんも強くなってるよ。ロシュフォールさん達といい勝負かも」
「それじゃ駄目なんだよ。カチュアに勝たなきゃいけないんだから」
「まったく、負けず嫌いにも程があるってもんさね」
帝都での戦いから三十日余り。先帝が皇宮の地下牢から救出され復位を宣言したこと、諸侯が支持を表明したことで、ハバキア帝国もようやく落ち着きを取り戻しつつある。
私もそろそろ帰国の途につかねばならず、その前にと久しぶりにカチュアに挑んだのだが、これが全くもって歯が立たなかった。
こちらの動きを先読みされているような完璧な防御、清流と激流が瞬時に切り替わる緩急自在の
私の剣技が上達したのは自覚している。今もポーラさんを相手に二勝、カチュアの言う通りユーロ侯爵家が誇る三騎士が相手でも簡単に負けるとは思わない。
それでもカチュアの背中は遠かった。初めてこの子に出会った時にも、魔術を身につけて差を付けられた時にも感じたものだが、一見普通の女の子がどれほどの修練を重ねればこうなるというのか。
「そりゃああんた、あのメドルーサを
「その
カチュアが眉を
「最強だの無敵だの無双だの、そんな異名は寿命を縮める呪いにしかならないよ」
いつだったか、そうカミーユ君は言ったものだ。ある者が無双を
「戦場では雑兵に寄ってたかられる、魔術や飛び道具に狙われる、腕に覚えがある奴に挑まれる。寝込みや排泄中を襲われたり食事や酒に毒を盛られたり、
『剛勇無双』メドルーサを
だからこそ心配なのだ。この子が望まぬ名声を押し付けられた挙句、
「それは大丈夫かな。たぶん近いうちに結婚して引退することになると思うから」
「えええええ!?何それ!結婚!?相手は誰!?」
「ちょっと落ち着いて。相手は決まってないし、事情もあるから」
これは私の早とちりだった。カチュアに婚約者がいるわけでも、結婚の日取りが決まっているわけでもなかった。
彼女は侯爵家の一人娘である以上、子孫を残すことが大きな責務であることは間違いない。帝国の情勢が落ち着けば武人としてのカチュアよりもそちらが優先されることになるのだ、侯爵家の安定を図るにはそう
「カチュアはそれでいいの?」
「良いとか悪いとかじゃなくて、そういうものだから。ユイちゃんはまだ結婚しないの?」
「し、しないよ!?だいたい仕事が忙しくてそれどころじゃ……」
カチュアとポーラさんが顔を見合わせ、体ごとこちらに向き直った。なんだかすごく嫌な予感がする。
「駄目だよ、ちゃんと考えないと。大事なことなんだから」
「だいたい結婚できない奴はそう言うんだよ、まだ早いとか忙しいとかってよ」
「私まだ二十一歳ですよ?まだやりたい事が……」
「ロット君はどうなの?絶対ユイちゃんのこと好きだと思うけど」
「この際もう誰でもいいじゃねえか。ロシュフォールかネストールかバルタザールか、どれでも好きなの選びな」
「この際って何ですか!?勝手なこと言わないでください、相手にも選ぶ権利があると思います!」
旗色が悪くなった話をごまかすためではないが、もう一度カチュアに挑んだものの全く歯が立たず、この日は四連敗となってしまった。
本人はいたずらっぽく「今日は全部で一勝でいいよ」と言ったけれど、
生涯の親友にして宿敵、カチュアとの対戦成績 二勝二敗と二引分け。
◆
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
200話、40万字など読む方も大変だったと思います。身に余るハート、コメント等頂きまして、感謝の言葉もありません。
さて。ようやく親友と宿敵との決着を見まして、残る敵はしばらく放置していたあのキャラクターです。終幕まであと20話弱、最後までお付き合い頂けますと幸いです。
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