アカイア冒険者ギルド再調査(四)

 ようやく豚鬼オークの集落を発見したのは、陽が傾き夕刻も近くなってから。男性三人はいずれも二日酔いで頻繁に休憩をとっては不満を述べ、話も聞かず適当に森を彷徨さまよっては地図に文句をつけ、私の堪忍袋ははちきれんばかりにふくれ上がっていたところだった。




 赤く照らし出された岩場と森の境目に、木をり倒して幹や枝を組み合わせただけの粗末な小屋がいくつか点在している。そこに見え隠れするのは豚のような頭部にふくれた腹の妖魔、薄気味の悪いことにその目からは知性らしきものを読み取ることができない。


 小屋の数は八つ、一つの小屋に豚鬼オークが数匹住んでいるとすれば総勢で三十匹を超えるかもしれない。そのうち戦闘に適した成体が半数とすれば十五匹、手練れの冒険者が奇襲すれば問題ない数だが、この人達の手際はどうだろうか?


「いいか?四方に分かれて、俺の合図と同時に突っ込め。一匹も逃がすな」


「少し敵の数が多くはありませんか?一方向から奇襲して、逃げる者を追撃した方が……」


「ガキは黙ってろ、びびってんじゃねえ」


「……」


 見た目通り粗暴なガザさんは私の意見に耳を傾けず、他の仲間と示し合わせてやぶの中に消えた。取り残された私の肩にエアリーが大きな手を置く。


「ユイちゃん、実戦は初めて?がんばろうね!」


「あ、うん。エアリーは経験あるの?」


「一応ね。最初は散々だったけど、そういうものだって師匠が言ってた。ユイちゃんも無理しないでね」


「わかった。ありがとう」


 私が緊張していると思ったのか、意見を無視されて落ち込んでいると思ったか。不快なことが多い今回の任務の中で、気づけばこの子が息抜きの役割を果たしてくれていた。アカイア冒険者ギルドの現状調査という仕事はまだ終わっていないけれど、もしかすると彼女に出会えたことが一番の収穫になるかもしれない。




「あっ、合図だよ。私達も行こう!」


 道中は不用心だったし準備も悪いし作戦も粗雑なものだったが、襲撃そのものは手慣れているようだった。ガザさんの合図で四方から集落を強襲、次々に豚鬼オークを刃にかけていく。獣のような悲鳴が上がり、鮮血が噴き上がる。


 邪悪な妖魔とはいえ同じ命、無闇に奪うべきではないという意見は当然この世界にもある。だがそういった声を上げているのは例外なく、妖魔の被害に遭ったことがない人達だ。家畜を喰われ、家を荒らされ、家族を殺された者であればおのずと答えは異なるはずだ……


 私が今さらこんなことを考えているのは、一方的な殺戮さつりくから目をそむけたくなったからだ。妖魔はただ逃げ惑い、人族ヒューメルはただ剣を振り下ろす。


「ひゃはははは!殺せ殺せぇ!」


「逃げんなおら!死ね豚野郎!」


「がはははは!俺らつえぇ!」


 妖魔は人に害を為す邪悪な存在であり、私達は被害を未然に防ぐために派遣された。だが仲間であるはずの彼らの行いはどうだろう、これではただ弱者を相手に欲望を解放しているだけではないか……


「どうしたの、大丈夫?」


 エアリーも殺戮さつりくの宴に参加する気になれなかったのだろう、出会い頭に豚鬼オークを二匹斬り捨ててからは私と一緒に事の成り行きを見守っている。




 だが状況が一変するまでにさほどの時間はかからなかった。ひときわ大きな小屋から、のそりと大きな影が姿を現したから。成人男性をはるかに上回る体躯、膨れ上がった全身の筋肉、体毛は濃く肌はどす黒く、明らかに他とは異なる個体。


大豚鬼ハイオークだ!」


「うおお、でけえ!」


「こいつは駄目だ、逃げろ!」


 大豚鬼ハイオークが巨大な棍棒を振り回し、力任せに振り下ろす。ガザさんの剣を弾き飛ばして地を叩くと、大地が震え落ち葉が舞い上がった。同胞を殺された怒りの咆哮ほうこうに、先程まで血の宴に酔っていたオラフさん、メドロさん、ガザさんの三人は剣を放り出して逃げ散ってしまった。




「ユイちゃん、私達も逃げよう!」


 エアリーの提案は正しい。三人組が逃げてしまった以上、大豚鬼ハイオークの怒りも豚鬼オークの恨みも私達に向けられる。待っているのはむごたらしい死の他に無い、そう思ったのだろう。

 だが多くの場合、生き残った妖魔は人族ヒューメルへの報復をくわだてる。こんな大物を残してしまえば村の被害は甚大なものになるだろう。


「エアリーは先に行ってて。あとは私がやるから」


「そんな訳にいかないでしょ!」


 私と背中合わせに立って長剣を構えるエアリー。その背中越しに伝わってくるのはおびえではなく強い意志と覚悟、逆境にあって奮い立つ強靭な心。やはりこの子は英雄の器だ、こんな所で失うわけにはいかない。


「出会ったばかりの友達を見捨てて、何が剣士さ!」


「ふふ、じゃあ後ろは任せるよ。草木の友たる大地の精霊、その命の欠片、集いてはしれ!【葉の旋風ワールリーフ】!」


 ざっ、と風が巻いた。地面で乾いた落葉が、辛うじて木々に残った枯葉が、ことごとく舞い上がり宙で渦を成す。天に掲げた左手を横に薙ぐと、茶色く乾いた葉の壁が豚鬼オークの群れを覆い隠した。


 やがてそれが鎮まったとき、落葉とともに地に落ちていたのは大小四つの豚鬼オークの首。どす黒い巨体も肩から上を失い、ただ寒風の中に立っている。


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け。【光の矢ライトアロー】!」


 その光景を理解するよりも早く三条の光の矢がはしり、最後に残った三匹の豚鬼オークが悲鳴もなく倒れ伏した。妖魔の血を吸った細月刀セレーネを布で丁寧に拭い、鞘に納める。


「ユイちゃん、あなた魔術師だったの!?」


「……うん。黙っててごめん」




 まだ呆然としているエアリーに謝ったものだが、私はこの子にもう一つ隠し事をしている。

 体を張って守ろうとした上に友達と言ってくれた彼女に対して、それはあまりにも不誠実な行いではないだろうか。

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