女神の塔(十三)

 アタシは天才だ。あの魔術学校でさえ、アタシ以上の魔力を持った魔術師など校長先生くらいだった。

 なのに尊敬されなかった。態度が悪い、口が悪い、育ちが悪い、魔術以外の成績が悪い。しまいには何か悪いことがあるとすぐアタシのせいにされた。どいつもこいつも愚かな弱虫ばかりだ。


 卒業してもそれは変わらなかった。優秀なはずのアタシを、誰も雇おうとはしなかった。


 でもミオさんは違った。汚い野良猫のように放り出されたアタシを拾ってくれた。

 幸運を分け与えられ、『幸運の魔女』などと呼ばれ、持てはやされるのは気分が良かった。力のない奴ら、愚かな奴らはアタシ達をあがめればいい。いずれは教団の全てを手中に収め、世界中の愚者どもをかしずかせてやる。ミオさんと一緒にそんな夢を描くのは楽しかった。




「あんたさー、エリューゼでしょ?ユイちゃんから何度も聞いたよ。貧民街の出身で、すごい才能の持ち主なんだって?」


「……」


 ……アタシは悪いことをしている。貧乏人から幸運を巻き上げて自分のものにする、信者どもにばら撒く、金持ちに高値で売る。女神の名をかたる悪党そのものだ、ユイさんと魔術を悪用しないと約束したのに、アタシはそれを破ってしまった。


「ユイちゃん悲しんでたよ。あんたが道を誤ったのは自分のせいだって。もっとあんたを見てあげれば良かったって」


「……ちっ」


 ……知ってる。全部自分のせいだ。ユイさんは何度も手紙をくれた、ルカはこんなアタシを見捨てずにいてくれた、校長先生はたびたび騒ぎを起こすアタシを責めることなく諭してくれた。救いの手を払いのけてひねくれたのは、全部アタシが悪い。そんなことは分かってる、分かってるんだ。




「あああああ!クソが、クソが、この豚が!行けえ【光の矢ライトアロー】!」


 アタシが全力を出したのは生まれて初めてかもしれない。空気が震えるほどの魔力を収束させた白く輝く光の矢、それをコイツは……【魔術障壁マジックバリア】で全て消滅させた。


「諦めなって。もう分かったっしょ?」


「うっさい豚女!」


 頭にくる。こんな奴がユイさんの親友で、アタシ以上の才能を持っていて、重なる不運をものともせず、偉そうに説教してくるなんて。アタシの欲しいものを全部持ってるなんて!

 子供の頃からずっと消えない、煮えたぎるものが胸に湧き上がってくる。みんなぶっ壊してやりたくなってくる。


「天に浮かぶ星のくず、暗き空をいろどる光の欠片、遠くにりて燃ゆる者……」


「ちょっとそれ、【隕石召喚メテオストライク】じゃん!あんたも私も、ユイちゃんも……なんとかさんも、みんな巻き込まれちゃうよ!?」


 さすがにあのデブも焦ってやがる、いい気味だ。


隕石召喚メテオストライク】は選ばれた者だけが使える最上級の破壊魔術。アタシ達どころじゃない、この塔だって上半分は消えてなくなるだろう。


 ユイさんとミオさん、どちらかが必ずいなくなる。そしたらアタシは生き残った方を許せなくなる。だからもういい、全部ぶっ壊してやる。みんな道連れにしてやる。


きらめく空の破片、我が意に応え降り注げ!【隕石召喚メテオストライク】!」


 空の彼方がきらりと光る。巨大な星の欠片が降ってくる。

 これで終わりだ。何もかも。




静謐せいひつなる者、貪欲どんよくなる者、深きくらき闇の底、光さえも逃れるあたわず……」


 だが。コイツは塔を震わせて迫りくる星の欠片に向かって両手を広げ、朗々と詠唱を始めた。

 なんだか堂々としておごそかで、先程までの白豚とはまるで別人だ。教科書に出てくる古代の大魔術師の再来のように思えて、アタシは呆然とそれを見守ることしかできなかった。


「喰らい尽くせ、全てを飲み込め!【消滅エリミネート】!」




 大地が震える。衝撃波が巨塔を揺るがす。突風が吹き荒れる。硝子ガラスの割れる音が連鎖する。

 ……だがそれだけ。天空の彼方からアタシがんだ隕石はどこにも無く、文字通り『消滅』してしまった。


 アタシがその場にへたり込んだのは魔力が尽きたからじゃない、正直その光景に参ってしまったからだ。今まで自分が一番の天才だと思っていたけど、コイツには何をどうしても勝てそうにない。




「捕まえた」


「……さわんなデブ」


 やけに湿った手が肩に置かれた。


 くそっ、頭にくる。力を全部出し尽くしても勝てないなんて。コイツがユイさんと同じことをするなんて。それがちょっとだけ嬉しかったなんて……ほんとに頭にくる。白豚のくせに。

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