軍学校初日(三)

 動力室と書かれた扉を開けると、赤、青、黄に光る天井まで届くほどの球体が目に入った。比較的小さな他の色の球体もあり、それぞれに繋がれた配管が部屋の外まで続いている。


「動力供給に応募しましたユイです。今日からよろしくお願いします」

「お、早かったな。もう一人来るから座って待っててくれ」


 面接の時にもいた作業服の職員さんが迎えてくれて、図入りの説明書を手渡された。ここは軍学校と寮で使用する熱、水、光その他を供給する施設で、私はそれを運転・管理する仕事に応募したのだ。なぜこれが魔術師にしかできない仕事かというと・・・・・・


「・・・・・・失礼、します。プラタレーナ、です」


 私と同じくらい小柄な女の子が入ってきた。隣の椅子に座り一緒に説明を受ける。

 赤い球体は火の精霊を利用して施設に熱を供給するもので、お湯を沸かしたり料理をしたり、冬場は暖房にも使われる。青い球体は水を、黄色い球体は光を供給しているという。その他にも量は少ないが風、土、闇の力も供給しているそうだ。

 火、水、光などの各精霊は循環しているため減ることはないが、魔素は各地で使われるたび減少し、球体から光が失われていく。そこで貯留槽から魔素を取り出し補給する、その作業が魔術師にしかできないとの事だ。


「いま先輩が働いてるから、少し見ていてくれ」


 魔素貯留槽と書かれた広い水槽に液体が満たされており、人間の頭ほどの輝く水晶球がたくさん沈められている。長手袋をはめた人がそれを取り出し、布で拭いて台車で運び、赤い球体に触れさせる。水晶球から輝きが失われ、赤い球体の光が増す。水晶球を再び貯留槽に戻す。


「作業は見ての通りだ。単純だが水晶球は結構重いし、水晶球から動力球に魔素を移すには【精霊操作】と同じ技術が必要だ。床が濡れるから掃除も頻繁にしなければならない。まずはやってみてくれ」




 作業中の先輩に挨拶して、さっそく仕事を始めてみた。水晶球は思ったよりも重く、長い時間続けると腰を痛めてしまいそうだ。布できれいに拭かなければ手が滑るし、床が濡れてしまうと後で掃除が大変だ。

 それに一番困ったことは、水晶球から動力球に魔素を移すのに時間がかかることだ。おそらく私の精霊操作が下手なせいだろう、先輩の十倍は時間がかかってしまう。プラタレーナという子も先輩よりは遅いようだが、私ほど酷くはない。私はもしかすると今日の魔力測定で自信をなくしていたのかもしれない、交代で休ませてもらったとき職員さんに聞いてしまった。


「あの・・・・・・」

「ん?どうした?」

「私だけ魔素を移すのに時間がかかってしまうのですが、何かコツみたいなものは・・・・・・」

「わからん、俺は魔術が使えないからな。遅くてもできるだけで凄いと思うぞ」

「そうですか・・・・・・」

「最初はみんなそう、とは言わんが、慣れればそれなりに速くなるみたいだ。気にするな」

「はい。ありがとうございます」


 そうだ、こんな事でいちいち落ち込んではいられない。遅ければ遅いなりに工夫や努力をすればいいし、この仕事は精霊操作の練習にもなる。

 やがて夜になり熱や水の消費量が少なくなってきたのか、作業に余裕が出てきたのでプラタレーナさんに話しかけてみた。


「けっこう重たいね。腰は大丈夫?」

「・・・・・・ん」

「ごめんね、作業が遅くて。私たぶん精霊操作が下手なんだ」

「・・・・・・」


 反応が薄い。あまりにも作業が遅くて嫌われてしまったのだろうか、と思ったとき、豊かに波打つ亜麻色あまいろの髪から長くとがった耳が覗いた。もしかして話によく聞く、あの異種族だろうか?


「プラタレーナさんはエルフなの?」


 驚いた彼女は片手で耳を隠した。どぼん、と水飛沫を上げて水晶球が水槽に落ちる。


「ごめん、驚かせちゃったね」

「・・・・・・」


 一緒に雑巾で床を拭いていると、初めて彼女の方から口を開いてくれた。


「・・・・・・ハーフ」

「ハーフ?ハーフエルフなんだ?」

「・・・・・・そう」

「へえ。それでかな、精霊操作が上手なの」

「・・・・・・そんなこと、ない」

「私ね、広い世界でいろんな種族の方と話してみたいんだ。だからあなたと会えて嬉しい」

「・・・・・・ん」


 プラタレーナさんは長い耳をぴこっと動かし、顔を赤くしてうつむいた。

 ハーフエルフ。森の奥深くに棲むという森人族エルフと、私達人族ヒューメルの混血だ。華奢きゃしゃで精霊の扱いに優れる森人族エルフと頑健な人族ヒューメルの資質を併せ持つが、双方から異種族として扱われる不幸の象徴として見る者もいるという。


 ようやく三時間の仕事を終える頃には、二人ともくたくたに疲れていた。お婆さんのように「あ゛ーーー」と唸って腰を伸ばしながら裏口の詰所に向かい、給金を受け取る。百ペル銀貨四枚と五十ペル大銅貨一枚を大事に布袋にしまい、顔を見合わせて頷く。口数が少ない彼女と少しだけ心が通じたような気がした。


「おつかれー。どうだった?」

「腰が痛いよ。どうしたのラミカちゃん、こんな所で」

「いやー、一人でお菓子食べてもつまんなくって」


 学校の裏口を出たところで、牛の着ぐるみがベンチに座ってお菓子を食べていた。私は早くも慣れてしまったが、プラタレーナさんは驚いたようだ。


「その子は?」

「あ、一緒に働いてたプラタレーナさん。私達と同じ魔術科の一年生だよ」

「いい名前だね。プラたんでいい?」

「・・・・・・ん」

「お菓子食べる?」

「・・・・・・ありがとう」

「耳ちょっと長いね。プラたんはハーフエルフなの?」

「・・・・・・そう」


 ラミカちゃんがぐいぐい距離を詰めるので焦ったが、意外にも相性はいいようだ。芋を揚げたお菓子をもらい、小さな口で品良く食べている。


「私もハーフだよ」

「ええ!そうなの!?」

「・・・・・・そう、なの?」


 これにはさすがに驚いて立ち止まった。片方は人族ヒューメルだと思うけれど、ラミカちゃんは一体どんな種族との混血なのだろう?私の知らない種族だろうか、それとも、それとも、もしかして乳牛との混血?それなら牛の着ぐるみを愛用していることも、あの並外れた巨乳も説明がつく・・・・・・つくのか?


「うん。お父さんとお母さんのハーフ」


 だめだ、この子の言動はやっぱりおかしい。私は脱力のあまり三歩もよろけてしまった。


「ごめんねー、こういう子なの」

「っぷ・・・・・・ラミカちゃん、ユイちゃん、おもしろい」

「ええ!?私も!?」


 ぴこぴこぴこ!と、プラたんの耳が激しく動いている。これはもしかして嬉しいのだろうか。

 釈然しゃくぜんとしない思いはあるが、初めての異種族交流はラミカちゃんのおかげで上手くいきそうだ。私達は仕事の疲れも忘れ、さざめき合って女子寮への短い夜道を歩いた。

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