カラヤ村防衛戦(二)

 広場近くの教会には百人近い村人が集まっていた。大人の背丈よりも高い石塀に囲まれた、石造り二階建ての頑丈そうな建物は確かに避難場所に最適だろう。


 入口の銅像を見るに、運命の女神アネシュカをまつっているようだ。司祭だという優しくも厳しそうなお婆さんはてきぱきと指示を下して倉庫から毛布や非常食を運び出し、外の井戸から水を汲んで運び入れる。人が増えてくると一階の聖堂だけでなく二階の共用部分まで解放してくれた。


「南の山から小鬼ゴブリンの群れが来たんだって」

「大丈夫かしら。軍のみなさんもいないのに」

「だから狙われたんじゃないの?」


 村人達の会話から察するに小鬼ゴブリンの巣は村の近くに二つあり、一方を討伐するため正規軍が出払っている隙にもう一方が襲ってきたのではないか、という事だ。もしそれが正しければ小鬼ゴブリンにもそれなりに知恵が回る者がいる。




 外が騒がしくなってきたので窓から見下ろすと、槍や剣で武装した人達が続々と集まってきた。村に残っていた自警団だろう。今朝がた仕事に行くのを見送ったロット君をその中に見つけ、思わず声をかける。


「ロット君!」

「ユイか!みんなそこにいるか?」

「うん。アメリアさんもシエロ君もクリアちゃんも、みんないるよ!」

「わかった。終わるまでそこで待ってろ」


 うん、と頷いたが、ここを拠点にするということは村の門が破られたのだろうか。怪我をした人を建物の中に運び入れ、扉のない門に木柵を置き、みな悲壮な顔で短槍を構えている。


 しばらくの後、とうとう彼らがやってきた。

 人間の子供ほどの体躯、茶色とも緑色ともつかない表皮、黄色く濁った眼に不潔な乱杭歯らんくいば。実際に見るのは初めてだが想像通りの不快な外見だ。獣のような唸り声が二階まで届き、子供たちは泣き出し、お婆さんは床に頭をこすりつけて祈りはじめる。


「大丈夫よ、お兄ちゃん達が守ってくれるからね。もうすぐお父さんも帰ってくるんだから」


 アメリアさんはシエロ君とクリアちゃんを抱えて言い聞かせたが、実際はどうだろうか。正規軍が村を発ってかなりの時間が経つ、異変を悟って引き返したところで間に合うものでもないだろう。この場にいる人間で防ぐしかない。




 人と獣の咆哮が上がり、金属を撃ち交わす激しい音が響く。

 自警団はそれなりに統率がとれているようで、木柵の間から槍を突き出して小鬼ゴブリンの群れを近づけさせない。このまま時間を稼げばあるいは・・・・・・と思っていたが、外に木箱か樽でも積んだのだろうか、しばらくして一匹の小鬼ゴブリンが石塀を乗り越えてきた。目の前の戦いに必死な人間どもの背後に忍び寄る。


「ロット君、後ろ!」


 窓から身を乗り出して叫んだが、喧騒にまぎれて届かない。ロット君のすぐ背後に迫った小鬼ゴブリンが逆手に持った短剣を振りかぶる。


「母なる大地の精霊、その優しき手に我を乗せよ。【落下制御フォーリングコントロール】!」


 私は古びた窓枠を乗り越え、宙に身を投げ出した。

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