第四章 不倶戴天の敵

行政官フレッソ・カーシュナー(一)

 任務の報告を終え、隅々まで掃除が行き届いた王宮を歩く。早くも夏を思わせる陽射しに目を細めたまでは良かったのだが、廊下の奥から現れた騒がしい一団が爽やかな気分を打ち壊してしまった。


 どうやら若い男が取り巻きらしい複数の女性を連れ歩いているようだ。こんな場所で騒々しいと眉をひそめたものだが、ちらりと男の顔を見た私は思わず振り返ってしまった。


「フレッソ・カーシュナー!」


「おや?巡見士ルティアユイ。奇遇だね」


 見目麗みめうるわしい赤毛の男が微笑を浮かべたが、その美しさゆえに振り返ったのではない。無意識に左手で腰の剣を探ったのも、この男との因縁を思えば無理もない。


「どうして貴方あなたが王宮に!?」


「愚門だな、その資格があるからさ」


「資格ですって……?」


 この男は辺境の村で勝手に領主を名乗り、独自の階級制度をいて村民をしいたげ、訪れる官吏に賄賂を渡して不正に富を蓄えていた。最後には取り逃がしたものの、私自らが調査におもむいたのだから間違いない。本人が行方不明になったため追加の調査はされず処分保留とされているが、こうして堂々と太陽の下を、それどころか王宮内を歩けるような者ではないはずだ。


「ねえフレッソ、誰あいつ?」


「わかった!昔の女でしょ」


「行きましょう、もう用は済んだのでしょう?」


「そうだね。では失礼、ユイ・レックハルト。いずれまた」


 好き勝手なことを口走り、耳障みみざわりな嬌声きょうせいとともに歩き去る。


 フレッソ・カーシュナー。軍学校の先輩であり、おそらく私と同じように前世の記憶を有している男。欲望のままに民をしいたげ罪を重ねておきながら平然と王宮を歩き、破壊魔術を撃ち交わした私と笑顔で挨拶を交わすなど理解できない。




 呆然と彼らを見送った私に、背中から声を掛ける者があった。声すら華やかさを感じさせる美貌の巡見士ルティア、ミオ・フェブラリー。


「ユイ、彼とは知り合い?」


「あ、ミオさん。王都に戻っていたのですね」


「ええ。ちょっといいかしら」




 ミオさんに誘われて外で昼食を頂くことになったのだが、その洒落しゃれた店構え、落ち着いた内装、吟味ぎんみを重ねたであろう調度や食器、もちろんその食事、当然ながらお値段まで華やかなもので、私は少々萎縮してしまった。

 ミオさんはといえばパスタを上品にくるくると巻いて口に運び布で拭う、その一連の動作が優雅で華麗で、彼女の周囲にだけ金色の光が踊っているかのようだ。


「ユイ、あの男には気を付けた方がいいわ」


「あの男?」


「相変わらずとぼけるのが下手ね。あの男よ」


「……」


 私がほうけたような返事をしてしまったのはミオさんの美貌に圧倒されていたためで、理解力が不足しているわけではない。フレッソ・カーシュナー、あの男だ。


「あの男は行政官プロクラトルになったわ。王宮にいたのはその任命式のためよ」


行政官プロクラトル!?そんな!」


「馬鹿な、と言いたげね。それはそうよね、メルケ村の調査をして彼の罪を暴いたのは貴女あなただもの」


 知っていた、いや、調べたということか。ミオさんも彼のことを不審に思う何かがあったに違いない。


「彼は『女神の涙』を手に入れたわ。罪が不問になったのも、不自然な出世もおそらくそのせいよ」


「『女神の涙』?あの、お話が見えないのですが……」


「説明が必要?いいわ、あまり外でする話でもないけれど」


『女神の涙』とは親指と人差し指で輪を作ったほどの大きさの宝玉で、首飾りに加工されているという。運命の女神アネシュカの加護により所有者に並外れた幸運をもたらすこの宝玉は、クルスト男爵という貴族の先祖がアネシュカ本人から受け取ったとされ、その幸運をもって財を成し爵位を得るに至ったとの事だ。


 ミオさんの話ではフレッソが男爵家の娘をたぶらかしてこれを受け取り、幸運を手に入れたのだという。世に魔術を付与された品は数あれど、そんな物が実在するなどとても信じられないが……




「彼はただ顔がいいだけの優男やさおとこではないわ、『女神の涙』を手に入れたなら尚更。そのうち私達が手出しできない存在になってしまうかもしれない、覚えておいて」


「あの、このお話、陛下には……?」


「ある男が幸運を呼ぶ宝玉を持ったから気を付けろ、そんな話を信じて頂けると思って?」


「どうして私なら信じると思ったんです?」


「因縁がありそうだからよ。彼が怖いんでしょう、だからといって捨ててもおけないんでしょう?でもあの男はやめておいた方がいいわ」


「……ご忠告、感謝します」




 多少の誤解はあるかもしれないが、おおむねその通りだ。


 フレッソ・カーシュナー、あの男とはただならぬ因縁を感じる。

 薄気味悪い、どす黒い、だが決して避けて通れない因縁を。私はすぐにそれを思い知ることになる。

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