第四章 不倶戴天の敵
行政官フレッソ・カーシュナー(一)
任務の報告を終え、隅々まで掃除が行き届いた王宮を歩く。早くも夏を思わせる陽射しに目を細めたまでは良かったのだが、廊下の奥から現れた騒がしい一団が爽やかな気分を打ち壊してしまった。
どうやら若い男が取り巻きらしい複数の女性を連れ歩いているようだ。こんな場所で騒々しいと眉をひそめたものだが、ちらりと男の顔を見た私は思わず振り返ってしまった。
「フレッソ・カーシュナー!」
「おや?
「どうして
「愚門だな、その資格があるからさ」
「資格ですって……?」
この男は辺境の村で勝手に領主を名乗り、独自の階級制度を
「ねえフレッソ、誰あいつ?」
「わかった!昔の女でしょ」
「行きましょう、もう用は済んだのでしょう?」
「そうだね。では失礼、ユイ・レックハルト。いずれまた」
好き勝手なことを口走り、
フレッソ・カーシュナー。軍学校の先輩であり、おそらく私と同じように前世の記憶を有している男。欲望のままに民を
呆然と彼らを見送った私に、背中から声を掛ける者があった。声すら華やかさを感じさせる美貌の
「ユイ、彼とは知り合い?」
「あ、ミオさん。王都に戻っていたのですね」
「ええ。ちょっといいかしら」
ミオさんに誘われて外で昼食を頂くことになったのだが、その
ミオさんはといえばパスタを上品にくるくると巻いて口に運び布で拭う、その一連の動作が優雅で華麗で、彼女の周囲にだけ金色の光が踊っているかのようだ。
「ユイ、あの男には気を付けた方がいいわ」
「あの男?」
「相変わらずとぼけるのが下手ね。あの男よ」
「……」
私が
「あの男は
「
「馬鹿な、と言いたげね。それはそうよね、メルケ村の調査をして彼の罪を暴いたのは
知っていた、いや、調べたということか。ミオさんも彼のことを不審に思う何かがあったに違いない。
「彼は『女神の涙』を手に入れたわ。罪が不問になったのも、不自然な出世もおそらくそのせいよ」
「『女神の涙』?あの、お話が見えないのですが……」
「説明が必要?いいわ、あまり外でする話でもないけれど」
『女神の涙』とは親指と人差し指で輪を作ったほどの大きさの宝玉で、首飾りに加工されているという。運命の女神アネシュカの加護により所有者に並外れた幸運をもたらすこの宝玉は、クルスト男爵という貴族の先祖がアネシュカ本人から受け取ったとされ、その幸運をもって財を成し爵位を得るに至ったとの事だ。
ミオさんの話ではフレッソが男爵家の娘を
「彼はただ顔がいいだけの
「あの、このお話、陛下には……?」
「ある男が幸運を呼ぶ宝玉を持ったから気を付けろ、そんな話を信じて頂けると思って?」
「どうして私なら信じると思ったんです?」
「因縁がありそうだからよ。彼が怖いんでしょう、だからといって捨ててもおけないんでしょう?でもあの男はやめておいた方がいいわ」
「……ご忠告、感謝します」
多少の誤解はあるかもしれないが、
フレッソ・カーシュナー、あの男とは
薄気味悪い、どす黒い、だが決して避けて通れない因縁を。私はすぐにそれを思い知ることになる。
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