第4話 愚連と優男


 デイロ山地南登山口。ウィレ・ティルヴィア公都シュトラウスの玄関、そのかまちと呼ばれる森林地帯には今、数多の賞金稼ぎがたむろしている。派手な髪色をし、擦り切れた革製の上衣を着た屈強な男や、顔に入れ墨を入れた女などが銃をぶら下げてうろついている。


 白亜水麗の都シュトラウスに差し掛かる地にも関わらず、この森だけが異郷感を醸し出している。登山口に入ってすぐの所には吊り橋があり、長さ120メルの隘谷を渡れば山地へと入る。そこには三人ほどのがらの悪い賞金稼ぎたちがにやけながら"戦利品"を漁っているところだった。


「おい。オメェその銃―」小柄ながら目つきの悪い賞金稼ぎは自分が持っていないものに対して目敏い様子だ。

「モルトのブラスターだ。それにこれ見ろよ」ホウキのように伸び散らかした赤毛の賞金稼ぎはにやつきながら見慣れぬ銃器を振り回している。

「すげぇな、銀の短剣か。どこで手に入れた?」散弾銃を持った大男は小柄な男の持っているものの方が気になる様子だった。

「さっき転がしたヤツが士官だったらしくてな。持ってきた」


 野卑そのものの恰好をした男たちは"獲物"からもぎ取った戦利品を木漏れ日にかざしながら自慢しあい、それがどれほどの値で売れるかを値踏みするのだった。その足元には縄や鋼索でがんじがらめに絡め取られた人間が転がっている。全て敗残のモルト兵だ。

 彼らは森の中で賞金稼ぎに捕捉され、身ぐるみをはがされたらしい。夥しい生傷は抵抗の際にできたものだろう。


 その彼らの後ろから、一人の男が近づいてきた。野営地を抜けて夜明け前にデイロ山地に入ったウィレ・ティルヴィア陸軍少佐のエルンスト・アクスマンであった。


「君たち―」

「あァ?」


 アクスマンの声に振り向いた賞金稼ぎたちは、年若いウィレ軍将校の姿を認めるや鼻を鳴らして嘲るような表情を浮かべた。公都においてはウィレ軍は上級警察の役目も担っているので、彼らからすれば士官の制服を着たウィレ軍将兵はモルト軍よりも憎い相手なのだ。


「―賞金稼ぎだよね」


 アクスマンは首を傾げながら男たちの集団の中へと歩み入っていく。


「なんだァ、テメェ」

「軍のガキめ、なめてんのか」


 アクスマンは声を意に介することもなく、彼らの足元に目を移した。先ほどから転がっているモルト人がやけに静かな事に気付いたためだ。


「―殺したのかな?」


 アクスマンは横たわる一体に近付くと、ひざまずいて脈をとった。推測は当たっていた。


「良い仕事でなァ。殺しちまっても20ギルフ。死体一つでそこそこの稼ぎだ」


 賞金稼ぎの流儀に"十割・三割"というものがある。"生け捕りにすれば逮捕した者の身の代10割を受け取れるし、死体にして持ち帰っても身の代の3割をもらえる"というものだ。賞金を出すのはもっぱら彼らの雇い主であった。その雇い主も仕事によって変わる。彼らは主人を持たない無宿人であり、私警団でもあった。


「生け捕りにした方が実入りがいいがなァ。別に殺したって稼ぎとしては十分よ。持ち物を奪ったって文句も言えねえしな」

「なるほどね」


 生ぬるい返事を返し、アクスマンは賞金稼ぎの一人が持っている短剣に目をやった。三角形の両刃づくりで、刀身が鏡のように輝いていた。


「良い短剣だね。よく切れそうだけど」アクスマンはその片刃が赤く塗れていることを見逃さない。

「ああ。そいつの頸で試した」


 転がっているモルト軍士官の男の死体はすでに土気色になっている。


「オメエも堅苦しい仕事なんて捨てて一緒にやってみろよ」

「楽しいぜェ。殺したって罪に問われねえ。なんたってウチュウジンだからな」


 ブラスターを弄ぶように手の中で転がす屈強な賞金稼ぎの言葉を背に受け、アクスマンはゆらりと立ち上がった。


「ふうん?」アクスマンは鼻を鳴らした。笑みが失せている。

「何なら目零ししてくれたって悪いことには―」


 瞬きの間。バツン、と肉の弾ける凄まじい音がした。


「そっかあ」


 左足を軸に立ち、右足を中空へ高々と掲げたアクスマンがそこにいた。己の二回りは大きな賞金稼ぎの身体が宙へと伸び上がり、背中から地面へともんどりうって倒れた。仰け反った首の先にある下顎は折れて上顎へとめり込んでいた。


「なッ!?」

「てんめェ!!」


 左右にいた賞金稼ぎが銃を抜こうと手を伸ばした時。


「遅いよ」


 アクスマンはすでに右手で銃を抜き、背に回して後ろも見ずに発砲した。手首より先を撃ち抜かれたホウキ頭の賞金稼ぎが魂削るような叫び声をあげた。


「なっ、なんっ、なん、だッ、なにすんだ!?」

「誰に頼まれたか知らないけどさ。戦時協定って知ってるかい?」


 アクスマンは一人だけ無傷で残った若く細身の賞金稼ぎの男に対して向き直った。その顔に浮かんでいるのはにこやかな笑顔だ。目を細め、口角を上げたままの顔を見て男たちは凍り付いた。


「戦争って殺し合いなんだけどさ。でも、ちゃんと決まりがあるんだ。民間人にしろ、軍人にしろ。その掟は守らなければいけない」


 目が見開かれる。その瞳は紫色をしていた。


「その中でも、とっても簡単な決まり事があってね。逃げる敵兵が丸腰で戦意を喪失しているなら、これを殺しちゃいけない」


 アクスマンは銃を持っていない方の手を開いた。そして数えるように指を折っていく。


「兵士の持ち物を奪い取ってはいけない」


 顎を折られた大男が立ち上がり、後ろから腕を伸ばして迫る。


「そして何よりも、民間人が戦争にむやみに手出しをしちゃいけない」


 アクスマンは右足に力を込めた。そのまま左かかとを浮かせると横殴りに旋回して回し蹴りを食らわせる。弧を描いた足は大男の横首に食い込むと頸動脈を打って失神させた。


「これを守らない民間人は、法に基づき処罰する。銃を抜いたならなおさらだね」

「誰か、誰かァーッ!!」


 小柄な男が叫び終わる前に、アクスマンは目と鼻の先へと迫っている。


「わかるかな。僕らは今、決まりにのっとって戦争をしているんだ。それを―」


 増援を呼ぶべく喚き散らす小柄な賞金稼ぎの顔面に膝がめり込んだ。


「血で汚されたら、僕も怒らずにはいられない」


 血を噴いて仰向けに倒れる賞金稼ぎを見下ろしつつ、アクスマンは溜息を吐いた。物憂げな表情で周囲を見回す。吊り橋の周囲の林の中から、同じような男たちが現れる。皆、銃を、刃物を持ってアクスマンを取り巻いている。


 血に酔い過ぎた。あまり人の事は言えないとアクスマンは微苦笑しつつ後ずさった。


「これはまずいかな……」


 そして、銃声が轟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る