第21話 剣を止める者

「神の剣を落とすとなれば、恐らく――」


 グレーデンは宙域図を展開し、指し示した。


「四番砲だ。ノストハウザンの戦いで衛星が破壊されて以降、使い物にならなくなっている」

「どういうことだ」アーレルスマイヤーが問うた。

「衛星を破壊すれば、軌道上に無数の破片が漂う事になる。破片は惑星上空を回りながら砲塔に何度もぶつかる。そのうち、照準が狂い、撃つことはできても狙いを付けられなくなる。神の剣が最終兵器たる所以はその正確さだ。それを失った神の剣など親衛隊からみれば無価値だ。躊躇なくウィレにぶつけるだろう」


 場は押し黙った。親衛隊の暴挙の可能性を否定したくとも、そうできない理由を彼らは嫌という程見てきた。


「最悪の切り札というわけだな。――四番砲を止める手は?」


 アーレルスマイヤーの言葉にグレーデンは首を横に振った。


「他の砲に砲撃させる、軌道上艦隊に攻撃させるなども考えたが……軌道上は親衛隊が押さえている。恐らく命令に従う者はおらん。間に合わないだろう」

「いや――」


 アーレルスマイヤーは宇宙を見上げた。


「まだ、方法はある」




 ラインアット隊。紅のアーミーを駆る五人の戦士と、小隊規模の精鋭たち。

 モルトとウィレ・ティルヴィアによる宇宙戦争勃発後、数々の困難な任務に従事して作戦を完遂してきた彼らを、ウィレ軍はこの頃に幾つかの渾名で呼ぶようになっていた。


 ひとつは、両軍に知れ渡っている「戦線を穿つ者」。

 ふたつは、モルト軍からの畏怖を込めた「紅い怪物」。


 だが、モルトランツを解放した今、彼らをこう呼ぶ者が密かに増え始めている。


「"不可能を可能にする"お前たちに、新たな任務だ」


 大陸歴2718年19時。

 モルトランツ市庁舎近く。ウィレ・ティルヴィア軍現地総司令部。


 アン・ポーピンズ中佐が総司令部の一室にラインアット隊を招集してかけた言葉は実に素っ気ないものだった。


「どういうことだ。作戦は完遂したんじゃないのか」


 ジスト、カザト、ファリア、リック、ゲラルツ、そしてエリイを前に、アンは険しい表情を崩さずに口を開いた。


「モルト親衛隊の馬鹿どもが、まだ駄々をこねている」

「何かやらかすってのか」

「軌道上にバカでかい大砲が浮かんでるのは、お前らも知っているだろう」


 隊員たちが悪寒を覚えた刹那、瞬時にアンは言葉を継いだ。


「これを落っことす」

「そんな!!」

「なんてことを――」

「クソッタレどもが! まだやるってのかよ」


 カザトとファリア、リックの驚愕に対して、ゲラルツは眉ひとつ動かさなかった。


「奴らならやる」

「ゲラルツ……」

「あいつらはそういう連中だ、カザト。そうでなければモルトあの星の狂った面を張れねえ」


 カザトは救いを求めるようにジストを見た。だがジストもゲラルツと同じような顔をしている。ウィレ軍人として、復讐者として彼らは最初からモルト・アースヴィッツという存在を滅ぼすべき敵として見ていた。


 であれば、つい先ほどまでの共同戦線は何だったのだろう?

 敵であるはずの彼らと肩を並べての戦いは全て幻だったのだろうか。

 ぐるぐると頭の中が回り始め、ほぼ同時にジストの鋭く低い声が飛んだ。


「迷うなカザト」

「隊長……」

「モルト軍は敵だ。それだけは事実で、この戦争が終わるまで変わらねぇんだ。その敵の思惑をぶっ壊すために俺たちがいる」


 ジストはただ「任務は?」と呟くように言った。アンはただ頷いて、作戦説明に入った。


「こいつが神の剣だ」


 暗闇に、鋼鉄で形作られた百合の花のような長大な影が浮かび上がった。


「大きい……」


 ファリアが驚くのも無理はない。多少像を縮小しているものの砲と認識できるそれは、歴史上のどのような巨砲をも圧倒する威容を誇っている。


「ノストハウザンの戦いの後に、軌道上の工作員が送り出した資料だ。全長2.6カンメル。砲身部1.8カンメル。砲塔尾部およそ800メル。クソでかい尾部で蓄えた大出力の熱エネルギーを荷電粒子に叩き込み、加速して撃ち出す。この砲塔をそのまんまウィレに落っことすってのが連中の切り札だ」


 リックが額に手を当てた。


「バッカじゃねえの、映画じゃねえんだぞ!?」

「クソでかい機械人形も、紅いアーミーも映画みたいなもんッスよ」

「よく言ったお嬢。そういうことさ、戦争は変わっちまったんだ。とはいえ、こいつを落とすってのは禁じ手にもほどがあるがね」


 さすがに渋い顔で嘆息するアンを、「無駄話はいい」とジストは叩き切った。


「そんな禁じ手をぶっ壊すということだろう。任務は何だ、中佐」

「いいだろう、アーヴィン。教えてやるよ」


 アンは背を伸ばして告げた。


「こいつがこの星のどこかに落ちれば、どこであろうともウィレは死ぬ。よって、これを叩き壊す」


 フィアティス、とアンはファリアの名を大声で呼んだ。


「命令だ。神の剣を撃ち砕け」


 隊員たちが一斉にファリアへと振り向いた。

 目を見開いた彼女は手を握りしめ、しばらく瞑目した後に頷いた。


「はい」

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