第22話 神剣を射る者

 モルトランツ市庁舎からほど近い丘陵地。宇宙港が設けられたモルトランツ運河・河川地帯の北岸にあたり、西大陸北西岸部に至る河口部。ラインアット隊の紅のアーミー五機が夜闇の中に集結した。


「何だ、これ――」


 カザトは目前に現れた巨大な鋼鉄の塊を見て言葉を失った。


『アーヴィン、お前なら知ってるだろう』


 アン・ポーピンズからの通信に対し、コクピットで煙草を吹かせているジストは吸い口を噛みながら頷いた。


「電磁砲台だな。モルト軍迎撃に使って、見事に失敗した」

『その通りだ。旧大戦にかぶれたウチの馬鹿な砲術士官が水平射に使いやがった結果、お前たちの良く知るグレーデン軍団の猛獣どもに食い殺された。この砲は、そいつの生き残りでモルト軍に鹵獲されたもんだ。北方州軍が奪い返したものを、ウチらが分捕った』

「まさか、神の剣の狙撃に使うのって……」

『そうだ。この電磁砲を使う』


 作戦は単純にして、難解だった。惑星上空に到達した時点で巨大な砲身を狙撃によって撃ち抜き、大気圏突入時の加速によって自壊させる。迎撃が早ければ早いほどに砲塔の分解は進んで惑星への被害は抑えられるが、通常の実体弾兵器では大気圏外から落下する物体を捉えることは難しい。誘導兵器による迎撃では限界点に間に合わない。


 そこに、白羽の矢が立ったのが電磁砲だった。


「こんなバカでかいの動かせねえだろ! どうやって照準つけんだよ」


 リックの言葉も無理はない。神の剣ほどではないにせよ、目の前にある電磁砲は高層建造物を横倒しにしたほどの大きさがある。砲身だけでも20メルはあり、大きさはアーミーどころか体高と頭身において優位なグラスレーヴェンさえ上回る。


『砲弾に誘導装置を仕込んである。撃ち出したら手前テメエで計算させるのさ』


 カザトは困惑した様子で口を開いた。これまでの作戦と明らかに規模が違い過ぎる。そして何よりも。


「そ、それならファリアさんに頼まなくても――」

『……違うんですよ、カザトさん』


 それに答えたのは科学者であり、ラインアット隊においては最も秀でた頭脳を持つエリイだった。


『どんなに技術が優れていても、結局は砲弾をデカブツの弱点に向かって狙う必要があるんです。そして、もう一つは――』

「タイミングだな」ジストが煙草を吹かせた。

『そうッス。早すぎても遅すぎても地上に被害が出る。最も適度な瞬間を測り、引鉄を引く射手が必要なんです。だからファリアさんを――』

『この惑星陸軍において特級射手はそういない。しかも電磁砲ほどのデカブツを小銃に見立てて撃つとなれば、アーミーでの狙撃任務をごまんとこなしたフィアティスしか適役はいないのさ』


 カザトは唾を呑み込んだ。


「エリイちゃん、教えてくれ。もしも失敗したらどうなるんだ?」

『あれほどの大きさが海へ落ちたら大津波によって東西大陸、南洋諸島は沈むッス。ウィレの主要都市は沿岸部、運河沿いにあるから』


 聞いていたリックの表情が引きつった。


「モルトランツだけじゃなくて公都シュトラウスも。冗談じゃねえよ、おい、家がなくなっちまう……!」

「落ち着けリック。……で、エリイ。地上に落ちたらどうなる」


 ジストの問いにエリイは数秒ほど沈黙した後、言葉を繋いだ。


『地表へ落ちればどこであろうと周辺は焦土化するッス。隕石みたいなもんですから、その後は――』

「人類は氷河期に逆戻りってことか」

「狂ってる……! そんなこと、絶対に許されない」


 カザトの言葉が夜のモルトランツ郊外に響いた。静寂のうちに冬の夜空は広がり、その中で赤い凶星が瞬いている。じき、大気圏に突入しようものなら凶星は明るさを増し、やがてその姿を地上の人々に晒すだろう。


『――だからこそ、だ』


 アンは静かに告げた。


『フィアティス。お前にしかやれない』

「ポーピンズ中佐」


 それまで押し黙っていたファリアに対し、アンはいつもの声音で続けた。


『よく躊躇わずに命令を受けた。一昔前のテメエなら"でも"だなんだとのたまっていただろう。そこだけは褒めてやる』

「そんな、私はただ――」

『仲間への恩返し……、いやお前にとっちゃ償いってところかい』

「――はい」

『償いなんて忘れちまいなそんなもの。償う罪なんぞ、どこにもありゃしないんだ』

「それでも、私は……仲間として受け入れてくれたみんなの想いに応えたいんです。そのために、私にこの任務を受けさせてください。……お願いします、中佐」

『……ガキンチョがいっぱしの女の眼になったもんだ。よかろう、やらせてやる』


 工兵部隊がせわしなく周囲を行き交い始めた。扁平な車体の工作車と、擱座したアーミーを動かすための大型牽引車が電磁砲の砲身を持ち上げにかかっている。砲に仰角を付与するためだろう。


「いよいよだな」ジストが告げた。

「でもよう、ファリアさんを見てるだけになるんじゃねえか、俺ら?」

『んなわけないだろうが、クソガキロックウェル。お前たちにも役割はある』

「ど、どういうことッスか? 中佐」

『お前たちのアーミーを、電磁砲の心臓にするんだ』

『まさか!』エリイが即座に気付いた。『アーミーの動力を!?』


 ポーピンズはにやりとして頷いた。


『電磁砲は発射時に大電力が要る。だから通常なら特大の発電機ジェネレータがいるんだが』

「そいつはモルト軍に叩き壊された」ジストが受けた。

『そうだアーヴィン。嫌とは言わせないよ』

「なんてこった。西大陸最後の任務が自家発電とはな」

『ん、なんで自家発――』

「うわあーっ、わーっ!!」リックが思春期の子どものように喚いた。

「うるせえリック。……俺たちの電力で足りんのかよ」


 ゲラルツの問いにアンは魔女然とした笑みを深めて告げた。


『核融合炉舐めんな。理論上、お前たちの機体の出力なら一、二発の荷電粒子砲は撃てるんだがね』

「マジで!?」

「知らなかった……」


 驚くカザトとリックに対して、『撃てる武器があればの話ッス』とエリイが冷やした。


「まあ、なんだ」


 ジストは煙草を指で折り、彼にしては珍しく皮肉のない苦笑を浮かべて通信画面を見た。


「いつものノリになったな、ファリア。作戦はうまくいく」


 その言葉に、ファリアは顔を上げた。ややあって、彼女は闇の中で輝く花のような笑顔を浮かべて頷いた。


「……はい!」

「よし。カザト、ゲラルツ、リック。砲身への接続急げ。ファリアは射撃体勢を――」


 その時だった。

 空が赤く光り、ラインアット隊は夜空を見上げた。


「まさか――」


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