第20話 二の矢

 大陸歴2718年12月30日、午後8時。

 惑星ウィレ・ティルヴィア、モルトランツ宇宙港管制塔。かつて西大陸に覇を唱えたモルト・アースヴィッツ軍にとって「惑星ウィレ・ティルヴィアにおける最後の領土」となったこの場所に、ふたりの軍人が会した。


 ひとりは、ウィレ・ティルヴィア軍総軍司令官。アーレルスマイヤー大将。

 対するは、モルト・アースヴィッツ軍現地司令官。ヨハネス・グレーデン大将。


 会談の場には質素な長机がひとつ。そして、その両端に椅子が据えられている。


 彼らは互いに小脇に抱えた書類を差し出して交換すると、それぞれの書類を脇に抱え、敬礼を交わした。

 それを、ウィレ・ティルヴィア政府公式の広報官が撮影している。映像は数秒後には大陸全土の光速回線ネットワークを駆け巡り、歴史的な瞬間を惑星全土に伝える事だろう。


 完璧な敬礼を交わした両者はそれぞれ席についた。

 それぞれの副官が象牙製のペンを己の主に受け渡す。

 モルト軍将校、グレーデンの腹心であるパウル・ケッヘルはウィレ側を見据えた。

 そこに、アーレルスマイヤーにペンを渡したシェラーシカ・レーテがいる。彼女もケッヘルを見据えた。両者、互いに睨み合う傍らで彼らの司令官は淀みなく己の名前を記入していく。


 ふたりの司令官が立ち上がった。グレーデンがアーレルスマイヤーに目配せし、ウィレ・ティルヴィア軍司令官は書類を眼前に突き出して告げた。


「本時刻をもって、正式にウィレ・ティルヴィア西大陸州、州都モルトランツの統治権は現地軍たるウィレ・ティルヴィア陸、海、空、宇宙軍に引き渡されたことを、ここに総司令官として宣言します」


 拍手はない。ここには群衆もいない。互いの軍関係者が数名とわずかな官僚がいるばかりだ。ただ厳かな静寂が部屋に満ちる。


 次いで、グレーデンが立ち上がった。


「当引き渡しをもって、モルト・アースヴィッツ軍は惑星ウィレ・ティルヴィアにおける軍務を全て終了し、宇宙へと帰還する。この軍事作戦は、我々の宇宙帰還をもって完了する。この作戦において共同任務に当たったウィレ・ティルヴィア軍の将兵に心から敬意を表する。そして――」


 グレーデンはカメラを見据えた。


「我らが軍旗に忠誠を誓うモルト軍将兵に告ぐ。いまだ続く困難な任務に就き、ただ忠節をもって義務を遂行する諸君らを私は誇りに思う。この作戦の終わりは決して降伏ではない。胸を張り、祖国へ凱旋せよ。もしも諸君らの凱旋を不名誉なものと呼ぶ者があらば、その不名誉は全て私が呑むべきものだ。諸君らの忠勤と力戦、祖国への奉仕を、私はこの放送をもって本国へ伝える。そして我らが国家元首、ブロンヴィッツに対し、こう述べたい。モルト軍将兵、かく戦えりと」


 以上。グレーデンはそう言い、アーレルスマイヤーへと向き直った。

 惑星を取り戻した者。戦友を生きて還す任務を成功させた者。それぞれに異なる勝利を手にした司令官が互いに握手を交わした。


 そうして、再び歴史が撮影される。


 この握手は後に「ウィレ・ティルヴィア地上戦終了の瞬間」として長らく記録されることとなった。そして、映像報道もこの瞬間をもって終了している。

 だが、時間の流れが止まらない限り、状況は変わり続ける。会談が打って変わって僅かな脱力と和やかな空気感に変わろうとした時、勢いよく扉が開いた。


「どうした、ヒューズ少佐」


 アーレルスマイヤーの同志であり、紅のアーミー部隊の創設者のひとりであるロペス・ヒューズは息を切らしながら口を開いた。


「衛星軌道上の敵長距離砲が、本都市を照準した模様です!」


 アーレルスマイヤーが顎を引き、グレーデンは頷いた。


「グレーデン将軍」

「矢は、放たれた。後は仕留められるか。それのみです」


 その後ろで、ケッヘルが戸口へと目を向けた。さらにもう一人の入室者――連絡将校ルヴィオール・リッツェ――がケッヘルに何事かを耳打ちすると、すぐに彼はグレーデンの傍に進み出た。


「どうした、ケッヘル」

「閣下。衛星軌道上より入電あり」

「ベイトワース隊か」

「いえ、入電は神の剣内部からです」

「何? シュレーダーか」


 ケッヘルは頭を振り、平素の表情そのままに口を開いた。グレーデンは瞬時に悪寒を覚えた。腹心の顔が蒼白であることに気付いたからだ。


「アルスト機関より入電。"敵ニ<二ノ矢>ノ備エアリ"」


 グレーデンは言葉を返さず、しばし瞑目した。

 僅かに天を仰いだ次の瞬間、その肩を叩いた者がいる。


「まだ"作戦完了"とはいかない、ということか」


 アーレルスマイヤーであった。グレーデンは軍帽のひさしを押さえながら頷いた。


「敵は考える限りの、最悪の手札を切った」

「……どういうことだ」


 グレーデンは空を見上げた。


「奴らは、核砲撃と同時に、神の剣そのものをウィレに落とすつもりだ」

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