第19話 狂刃のシュレーダー
ウィレ・ティルヴィア基標準時12月30日午後6時30分。
惑星の上空に幾つもの華が咲いていた。長大な赤い砲身を持つそれは、モルト・アースヴィッツの勝利を確約する軍神の剣だった――。そう、数か月前までは。
軌道上に展開する「神の剣」は四基。その"二番砲"に、惑星を追われたモルト親衛隊長官シュレーダーがいる。宇宙服にがっちりと身を固めた彼は、地上にいた頃の余裕を失っていた。
「照準急げ!」
狂気じみた甲高い声で命じる彼に、かつてのモルト紳士らしい落ち着きはない。
仮初の権力を失いつつある彼ができることは、もう一つしか残っていない。
「モルトの統治を阻む、ウィレ・ティルヴィアの愚民どもを抹殺してやる」
「長官ッ」
そこへ、親衛隊員のひとりがやってきて、凶報を告げた。
「一番砲塔の制圧はほぼ完了しました、しかしながら――」
「なんだ、言えッ」
「アルスト博士の拘束に失敗しました」
「なんだと……!」
「は、博士は娘や研究員と共に砲身奥の防護区画に籠城した模様です」
シュレーダーは憎々し気に舌を打った。だが、構うことはない。神の剣は親衛隊の管轄内にある。モルト・アースヴィッツ軍が奪い返しに来るだろう。だが、それまでに惑星を灰にしてしまえばシュレーダーにとっても神の剣は用済みとなるはずだ。
「老いぼれと小娘など放って――」
「だ、駄目です、長官!」
「どうした!?」
それまで西大陸へと照準を合わせようとしていた親衛隊員らが、明らかに狼狽した様子でシュレーダーを見ている。
「電子照準機構・照準信号符牒、全て使用不能です! アルスト博士が何か細工をしたようです」
「あの糞爺が!! 必ず引きずり出して引き裂いて殺せ!!」
シュレーダーは息を整えながら、目の前に浮かぶウィレ・ティルヴィアを凝視した。そうしているうちに、彼の眼が見開かれた。そうして得心したかのように笑い出した。
「如何されました、長官」
「見ろ。モルトランツの夜景だ」
闇の中に閉ざされていたはずの西大陸北端。
そこに黄色い灯火が浮かび始めている。
「ふ、ふはは、ははははは、馬鹿どもが――。灯火管制を自ら破ったか」
西大陸解放の報道を見た地上のウィレ・ティルヴィア市民たちが、家の灯火を点け始めたのだ。彼らの前に、再びモルトランツが浮かび上がった。光の群れとなったそれは、西大陸州都がどこにあるかを一目に知らしめている。
「目視照準で砲撃しろ! もっとも明るい部分にだ!」
「了解。閣下、しかし、よろしいのですか――」
「私は命じたはずだ!」
「い、いえ、そうではありません。もう一つのことです」
「あれか、構わん。ウィレ・ティルヴィアへの鉄槌は成し遂げねばならんのだ。そのためならば多少の犠牲は止むを得ん」
自らが何度も口にした題目を唱えつつ、シュレーダーは噛みしめた口の中で呟いた。
「これを成功させれば、宇宙にあって親衛隊を侮る勢力も恐れおののいて我々への攻撃を思いとどまるはずだ。親衛隊を宇宙の――」
そこまで紡いだ時だった。二番砲内部にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「どうした!?」
「グレーデンの陸戦部隊が隔壁を破って砲塔内部に侵入を開始!!」
シュレーダーは色を失った。陸戦隊指揮官を務める男を、シュレーダーはよく知っている。グレーデンの配下にあって最も冷酷かつ残忍であり、最も任務に忠実な軍人であるその男を。モルト人らしからぬとして親衛隊には要らぬ者として叩き出した男を。
「あいつが来る……! 戦争狂が」
「戦争狂……」
「戦争狂のリタだ。リタ・ベイトワースだ……!」
シュレーダーが畏怖するその男は、二番砲の砲尾から数十名の部下と共に侵入を果たした。宙間戦服――グラスレーヴェンのパイロットが着る宇宙服のようなものを重装化した――を着込んだ彼は軍用拳銃を手にぶら下げたまま穴の開いた隔壁に足をかけた。
リタ・ベイトワースは拳銃を掲げて告げた。
「諸君、この神の剣はモルト・アースヴィッツ親衛隊の手の内にある。そして今、親衛隊は我ら"軍人"の敵である」
凶相を快楽に歪めた、笑顔のような何かを顔に貼りつけてリタは叫んだ。
「殺せ、ひとり残らずだ」
抹殺の叫びが聴こえたかどうか。親衛隊将校はおよそ小隊規模ほどの戦力しかない。最精鋭の陸戦隊相手に勝ち目はない。呆然とするシュレーダーの目の前で通信を告げる入電音が鳴り響いた。
「本国からです!」
シュレーダーは顔を上げた。
「何――」
通信に映し出された顔を見て、シュレーダーは凍り付いた。
「やあやあ、シュレーダー殿」
ブロンヴィッツの影、バデ=シャルメッシがそこにいた。
「お困りのようですな」
魔王のように微笑むバデに、シュレーダーは言葉を失った。バデは手を差し伸べた。手のひらから零れゆく権力を掴もうと、もがき苦しむ親衛隊長官に。
「ここでの幕引きは惜しすぎる。どれ……手を貸しますが?」
バデは最後に付け加えた。
「あなたさえよければ」
シュレーダーはその手を反射的に掴んだ。もう、拒む力は残っていなかった。
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