第18話 ぼくのともだち

 鋼鉄の巨人が闇夜の中をゆく。

 右の片手だけになったその腕に、白刃を引きずるようにしながら進んでゆく。


 何一つ守れなかった。

 モルトランツという街も、そこで生きる人々の安らかな営みさえも。

 全て戦火に放り込んだ挙句、自分たちは去る。


 見送る者もなく、撤退の喧しさだけが周囲に満ちている。これが数か月前まで、この惑星の地上に覇を唱えたモルト・アースヴィッツの軍隊だとするならば、あまりに侘しい旅立ちだ。


『隊長――』


 背後から響いた声に、キルギバートは振り返った。

 ブラッドとクロスの機体だった。何を返すべきか、言葉をもたないままにキルギバートの口から出た言葉は簡素だった。


「行こう」


 その言葉の内か、それとも裏か。汲み切れぬほどの悲しみがあり、掬いきれぬほどの苦さがある事を知る二人は、ただ黙して従った。グラスレーヴェンは三機となって宇宙港の奥へと向かう。


 こん、と機体が鳴った。


「――?」


 今度はガツン、という音が鳴った。

 足元を見ると、そこには戦闘を逃れて宇宙港へ避難した人々がいる。


<侵略者め!>


 男とも女とも知れない甲高い声が響いた。モルトランツの市民が足元に落ちていた瓦礫を拾ってグラスレーヴェンに投げつけている。


<人殺し!>

<俺たちの街をめちゃくちゃにしやがって!>


「ちくしょう!!」


 それまで押し黙っていたブラッドの叫び声が響いた。


「人殺しだと!? テメエらのために戦ったんだぞ! テメエらのために!」

「やめろ、ブラッド」

「止めんじゃねえよ!! 石投げられてんだぞ!」

「こうする権利が、彼らにはあるんだ。それはお前だって、もうわかってるだろう」

「だ、だからって、こんな終わり方があるかよ。俺は、俺たちは――」


 ブラッドがコンソールに突っ伏して泣き声をあげた。


「俺たちは悪者になるために、この星に来たんじゃねえよ」

「わかってる」


 キルギバートは静かに頷いた。この戦闘が始まる前夜から、こうなるとわかっていた。進む先全てで誰も彼も構わずに命を奪い取り、守ると誓った子どもたちの楽園を踏み壊した。その代償は支払わなければならない。


 ウィレの兵士たちが群衆を押し留める。


 その中を、キルギバート達は進んでいく。

 この惑星での、最後の"被弾"だなどと、他愛もない事が頭に浮かんだ。


「なあ、クロス、ブラッド」

「なんでしょう」返って来た声は涙声だった。

「すまないな」


 誰も何も言わなかった。二人はもうすべてわかっていた。


『キルギバート機以下、聴こえているか』


 見計らったかのように通信が入った。ケッヘルからの声だった。


「聴こえています」

『貴官らの帰りの足が決まった。加速射出機マスドライバーだ』


 加速射出機とは打ち上げ機シャトルとは違う。長大な滑走路上の射出路で限界まで加速した上で、軌道上に直接撃ち出す、いわばカプセルのようなものだ。宇宙へ到達する時間はシャトルが十分程度に対し、その半分以下。狙いをつけず、純粋に軌道上へと放り上げるだけならば数十秒。


 ということは――。


「――宇宙そらの状況は悪いのか?」

『悪い』


 ケッヘルの答えは簡潔無比だった。


『親衛隊は神の剣に達した。陸戦部隊が取り付いて奪還を図ったが、神の剣に立てこもられては向こうが有利だ。今日中にも彼らはウィレに向けて発砲する。そうなれば将兵の帰還は不可能となる』

「グレーデン閣下は?」

『現在、アーレルスマイヤー将軍とモルトランツ明け渡しの最終段階に入った。閣下の帰投が成功するかどうかは貴官らの作戦の成否次第だ』

「質問!!」

『なんだヘッシュ少尉、うるさいぞ』

「加速機だろ? 打ち上がったらそのまんま飛んでいくじゃねえか。神の剣にはどうやって向かうんだよ」

『コロッセス提督の艦隊が軌道上で待機している。荷物となった貴官らを戦艦ヴァンリル自ら回収する』

板球クリケットじゃねえんだぞ、上手くすっぽり収まるのかよ?」

『その時は飛び降りてでも神の剣へ向かえ。……キルギバート大尉、そろそろそいつを黙らせろ。うるさくてかなわん』

「了解しました。――ケッヘル少佐」

『なんだ』

「閣下を、お頼みします」

『……そのための幕僚だ』


 通信は切れた。

 キルギバートの意識は、もはや頭上の星空のさらに向こうに移った。


「ブラッド」

「おう」

「クロス」

「はい」

「行くぞ。カウスが待ってる」


 機体を進ませるため、操縦桿に力を込めた刹那。外の罵声と怒号の中に――。


「子どもの声――?」


おわかれの夜だから 眠るのはいやだ


夜ふかししてきみのことを考えよう


おお友だち ぼくの親友


きみほど楽しく 思い出をくれた人いないのに!


まるで人生はお天気! たのしい晴れの日の次はお別れだなんて


おお友だち ぼくの友だち


今日はこれで別れなければならないけど


おお友だち ぼくの親友よ


きみに言いたいんだ 楽しかったよと


おお友だち ぼくの親友


愛を込めてさよならを送るよ また会う日まで



 その声が、怒声の中で繰り返し歌われていたのだと知った時、キルギバートは見送っている者が誰かを知ることができた。だが、決して振り向こうとはしなかった。


「ありがとう」


 口の中で呟き、キルギバートは涙を噛んだ。


 そうしてキルギバートたちは駆けた。


 そして、宇宙へと駆けあがる。

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