第17話モルトランツ解放-2-
大陸歴2718年最後の日没を迎えた。
砲声が途絶えた後、戦いの残り火と煙に燻る西大陸州都に、戦場には似合わない優し気な男の声が響いた。
「私はウィレ・ティルヴィア惑星最高議会議長、アウグスト・シュトラウスです。今、私はモルトランツにこの身を置き、惑星に生きる全ての人々に、自らの声をもって伝えます」
その声を戦場にいる者全てが聴いた。
間近ではアウグスト・シュトラウスの背後に控えるシェラーシカ・レーテ参謀部中佐が軍帽を取り、静かに目を伏せている。離れた所ではその父親であり、惑星軍最高位にあるシェラーシカ・ユル元帥が藍色に染まる街並みを見据えている。その足元で崩れ落ちたままのベルツ・オルソン大将が、望まぬ結末を為す術もなく見届けている。
「我々はモルト・アースヴィッツ軍と戦闘停止の合意に至り、次いで――」
西大陸西岸ではウィレ・ティルヴィア軍兵士達が聴いている。陸軍も、海軍も、空軍もない。ノストハウザンの戦い以来、幾度となく西大陸奪還を目指して戦ってきた彼らはひとりの例外もなく傷だらけだった。
アウグスト・シュトラウスの声は、そんな彼らが待ち望んだ結末を告げた。
「西大陸州都モルトランツの明け渡しに、この夕方、合意しました」
爆発するような歓声が上がった。ウィレ軍兵士たちの歓呼だった。
「ここに宣言します。西大陸は解放されたのです」
大陸歴2718年12月30日午後6時。
モルトランツ解放。一年の長きに渡り、惑星全土を巻き込んだ地上戦は、こうして終わりを告げた。
運河のど真ん中でカザト・カートバージは息を切らしながら、ラインアット・アーミーのコクピットで放送を聴いた。ブラケラド・アーミー全機が停止に至るまで戦い続けたラインアット隊は満身創痍だった。無事な機体は一つもなく、全てが被弾し、損傷してぼろぼろになっていた。喧しいリックが喋らない。ゲラルツはただ息をつぐ音だけが通信から聴こえてくる。
「終わっ、た……」
戦闘の疲労と緊張からの解放が一気に押し寄せてきて、カザトは脱力した。それは一分にも満たない時間だったが、我に返ったカザトはふと振り返った。
そこに、キルギバートのグラスレーヴェンがいる。半身を水に浸し、白刃を片手に提げたまま、停止している。ブラケラド・アーミーの屍に足をかけた彼が何を考えているのか、カザトには全くわからない。ただ暮れゆき、暗くなる西の空を眺めるようなグラスレーヴェンをカザトは静かに見ていた。
ざぶ、とグラスレーヴェンが足元の水面をかき分けるように進み始めた。カザトは我に返った。放送にはモルト語のもう一つの声が重なるように響いている。
『モルトランツにいる全てのモルト軍将兵に告ぐ。ヨハネス・グレーデンである。我々はこれよりモルトランツから撤収する。地上作戦は完了した。だが、軌道上の親衛隊を阻止する任務は続いている』
カザトははっとした。モルト軍兵士たちの戦いはまだ終わっていないのだ。
『1830時までに機動部隊は軍港に集結次第、軌道上を目指して出撃せよ』
「キルギバート――」
カザトは彼の機に呼び掛けた。振り向くことなく、運河の岸に飛び上がったグラスレーヴェンは片腕と思えぬ確かな足取りで宇宙港へと歩き出した。だが、数歩ほどで立ち止まると、通信を開く雑音が響いた。
『ここで別れよう』
乾ききった声に、疲れが混じっていた。この街を守るというキルギバートの戦いはウィレ軍への解放によって失敗した。だが、本当の意味で"モルトランツを守る"戦いは、彼にとってまだ続いているのだ。
カザトはぐっと呑み込むようにして息を継いだ後、キルギバートに問うた。
「また、会えるよな?」
『共同作戦は終わった』
「それでも――」
『お前の……。英雄になりたいという夢は、叶えられたか』
カザトは言葉を呑み込んだ。きっとそれはわからないままだから。
『叶うといいな。お前の夢』
キルギバートのグラスレーヴェンが歩き出した。鋼鉄の騎士の機影が宵闇へと消えて行く。
立ち尽くしてどれほどの時が立っただろう。カザトが我に返った時、そこにはもうグラスレーヴェンの姿はなかった。
やっと、自分を宿敵と認めてくれた彼の言葉を胸に刻み、英雄に憧れた少年は叫んだ。
「キルギバート!」
もう返事は返って来なかった。
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