第10話 誰かいるのか!
キルギバートたちは、掃討を終えつつある。
『市民の皆様、我々はモルト・アースヴィッツ軍です。危害を加えるつもりはありません』
流暢で、拡声機で流すには穏やかにすぎる口調の大陸語が公園内にこだました。モルト軍の兵たちによって、モルトランツ市民の生存確認、保護が進んでいる。
『モルトランツ総合運動公園を我が軍司令部は保護区に指定しました。避難願います。危害は加えません。戦闘が終わるまで市街地に戻らず、園内で待機をお願いします』
「ウィレ好きも"現地"だと役に立つもんだな」ブラッドが感心したように呟く。
声の主はキルギバートの僚友、クロスであった。
郊外まで敵を追撃してから、深追いを止めて再び市街地に再突入し、しばらく経つ。
キルギバートはすでに20時間以上、グラスレーヴェンのコクピットにある。市街地は道路が網の目のように張り巡らされていて、時折市民と思って近づくと、投降する兵士が近づいてきたりと気が抜けない。
「さすが大都市ってところだな」
キルギバートは嘆息した。こうした雑多な市街はグラスレーヴェンのシステムに頼ってさえ、迷いそうになる。宇宙随一のメガロポリスにして整然と整備された故郷のアースヴィッツが懐かしく思えた。
「クロス、新たな生命反応は?」
『ありますよ。これは朝まで捜索しても終わらないかもしれません』
流暢なシュトラウス語の主、クロス・ラジスタ軍曹は分隊長に返答した。
キルギバートは、市民を見落としたりグラスレーヴェンの鉄踵にかけないよう、コクピットハッチを開放して身を乗り出すようにして進んでいる。防毒機能を持つフルフェイス・ヘルメットでさえ効き目がないかと思えるほど、戦煙が濃い。
キルギバートはスーツの下に入れておいたハンカチで顔を覆い、鼻の上まで摺り上げた。銀髪碧眼の青年の面に、黒い布は鮮やかに映えた。
『少尉、お似合いですよ』
「おしゃべりをしている場合か。集中しろクロス」
本隊からの通信が入ったのはそんな折であった。
『キルギバート少尉、聞こえるか』
「聞こえます。デューク隊長」
『よし』
乗機のコクピットのハッチを閉めると同時に、デュークの顔が通信画面に現れる。キルギバートは数時間ぶりに見る上官の顔を見て初めて安堵を覚えた。
『よし、お前はモルトランツ市立総合運動公園へと向かえ』
キルギバートは目を瞬かせた。
「総合運動公園は郊外ではありませんか。都市中枢の制圧がまだ完了していないはずですが」
『中枢はラシン元帥の本隊が押さえる。我々が郊外へ転進して初めて、モルトランツの制圧が完了する』
「了解しました。分隊は直ちに河川部へと転進します」
『急げよ。21時までに終わらせるぞ』
画面越しに敬礼を交わし、キルギバートは部下に命令を伝達する。
『市民捜索の大規模版、というところですか』
クロスが呟くように言った。
『運動公園ともなれば万単位の市民が避難しているはずだ。敵の兵士が混じっていても気づけねェよ』
ブラッドの言葉に、キルギバートは短く同意した。だからこそグラスレーヴェンが必要となるのだ。
だが、と前置きし、キルギバートは言葉を繋いだ。
「市民には手を出すな。丸腰の相手を撃つほど、俺たちは汚くはない」
『209便を撃った、ウィレ軍の連中と違ってな』
ブラッドが呟く。キルギバートはそれを肯定しなかった。しかし、咎めもしなかった。グラスレーヴェンは地響きを立て、道路の舗装を砕きながら進んでいく。
同日20時半。
「ここだな」
総合運動公園。キルギバートも資料でならば見たことがあるが、西大陸最大の公園はやはり一つの小さな街ほどの広さがあった。
グラスレーヴェンは河を難なく"飛んで"渡ると、公園にある森林部へと着地した。ブースターの炎で何本かの木が燃え上がり、根元から折れて倒れた。
すぐに、モルト軍の歩兵部隊が足元へとやって来る。
将校のルヴィオール・リッツェ少尉―今日の市街戦で原隊を失い、グレーデン師団に合流した―だった。
公園は、すでにモルト軍の支配下にある。
「キルギバート少尉、無事で何よりです!」
「そちらも。状況は?」
「ウィレ・ティルヴィア軍兵士がまだそこかしこに。周囲を固めていた現地の警察部隊といくつかの部隊が衝突し、けが人が多数……」
キルギバートは短く舌打ちした。現地の治安組織との衝突が今後の占領に悪影響を及ぼすかもしれない、ということはキルギバートにもわかることだ。
「よくない……が、俺たちに出来ることはなさそうだ。それで?」
「デューク少佐はすでに公園中央ゲートで待機中です。キルギバート少尉も合流されると聞いております。グラスレーヴェンは我らが警備します」
キルギバートは頷き、リッツェに乗機を―モルト軍士官は搭乗員でなくともグラスレーヴェンの最低限の操縦方法を教わっているため―任せた。
コクピット・ハッチに取り付けたワイヤーを伝って地上へと降りた。ブラッドとクロスも同じように地上へと降り立つ。疲労のせいか、軽いめまいを覚えた。
彼らのグラスレーヴェンはそのまま、のそりのそりと公園の隅にある臨時の駐機場へと去って行った。駆けだそうとした時、キルギバートは不意に近くの茂みへと視線を向けた。
気配がする。
―がさり。
瞬間、随伴するクロスの顔に緊張が走った。ほんのかすかだが、向こうで草が倒れる音を聞いたのだ。誰かいる。
「聞きました? 今……」
「そんなに俺が鈍感だと思うか?」
クロスが首を横に振ると、彼らは目を見合って、唾を飲み込んだ。彼は注意深く、ヘルメットに備えられた小型のサイバーギアを使い、自分と同じ電波レベルで行動する物体を近くに探した。これでモルト軍の兵士か、そうでないかはっきりと分かる。
信号はなかった。
「リッツェ少尉に周囲の索敵を代わりにやってもらうんでしたね」
「今回ばかりは同意だな」
3人はそれ以上の言葉を交わさず、何か厄介な相手がいる可能性を頭に描いている。腰のホルダーケースに手が伸び、中腰になり、『その場所』へと向き直る。
「誰かいるのか!」
答えはない。キルギバートたちはブラスターを抜いた。
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