第11話 ウチュウジン

 サミーことサミュエル・マーフィンはウィレ・ティルヴィア西大陸、モルトランツ出身。地元の小学校に通う男子で、今年7歳になった。


 彼が母親に連れられてスタジアムに避難したのは一日も前のことだったが、その場には近所の住民も多数いた。サミーは近所の同級生……ガキ大将のテッドと、その相方だが臆病なクンス、そして気が強くテッドとクンスさえ従えてしまう女の子のソラとスタジアムを抜け出した。


 周りの大人は自分のことで精いっぱいなようで、公園を駆け抜ける子どもたちに見向きもしなかった。


 公園は彼らの庭だった。戦争が始まるまで、いや、戦争が始まってもモルトランツが戦場になるまで、サミーたちは公園の森の茂みに秘密基地を作ってかくれんぼに鬼ごっこ、そして戦争ごっこを楽しんでいた。


 ところが、雑踏の中ではぐれたソラが見当たらない。森へと入った彼らは秘密基地を目指した。ソラもきっとそこを目指しているはずだから。


「ねぇやっぱ心配だよ。みんなでソラさがしにいこうよ」


 ソラは秘密基地にいなかった。


 サミーが口を開いた。もう何十分か時間が経っているが、一向に彼女は基地に帰らない。だがテッドは草の上に座り何食わぬ顔でこういった。


「基地を宇宙人にとられるだろ、バカ」

「こわいよぉ」

「クンス、お前はだまってろ」

「だってぇ」


 クンスがそう言うと、しばし、みんな口を閉じた。だがサミーは、なおさら彼女を心配した。この森の全容など彼が知ったことではないが、以前デパートで自分が迷子になったときを思い出したのだ。


 母とはぐれて全く分からないフロアに出てしまったとき、声をかけてくれたのは従業員のお姉さんだった。だが、この森には誰もいないのだ。


 サミーはもう一度テッドに促してみた。


「だってこないじゃん。けがしてるかもしれないよ」

「……」


 テッドはつぶれたような鼻を鳴らして背中を向けた。学校で自分のことをいつも悪く言うあいつなんか、誰がメンドー見るもんか、と。すると以外にも、怯えた羊のような声がこう言い出した。


「ぼくが1人で行ってくるよぉ……こわいけど」


 いつも下がり気味な目尻が一層下がっているクンスだった。この状況で、一番現実の戦争を恐れている臆病な少年の声にサミーは呼応し、力強く言った。


「ぼくもついていく!」

「いいよぉ……テッドはぼくに言ったんだよ?」


 サミーの言葉を断って、卑屈そうにテッドが立ち上がった。だが、1人で行動したとてミイラ取りがミイラになるだけだ。それを言おうとサミーが口を開く、その前に、乱暴な声が立ち上がった。


「……いいよ!じゃあ3人で行けばいいだろ?ぶきをもって早くいくぞ! モデルガンはー!」

「あっ、ソラが持ってる」


 テッドがため息をついてがっくりとうなだれた。しかしすぐに立ち直ると、ブキ、とマジックで乱暴に書かれた長枝を持って彼はこちらを向いた。


「なんかあったら、これで宇宙人をやっつけるぞ!」

「さっすがテッド」

「いうな。早く用意だ!」


 子どもの世界ではすべてが単純に出来ている。しかし、それとは対照的に今、大人の世界では恐ろしい事態が進んでいるということを、この子どもたちは知らない。


                  ☆


 ソラは図らずして、意外にも遠くの場所に足を踏み入れてしまった。このままでは、あの探索隊(サミーたち)だって、夕暮れ時に見つけてくれるのかすら怪しい。もし見つけたとしても、帰ってこれるのかさえわからない。


 それに、ソラには彼らが迎えに来ていることすらも分からないのだ。ずいぶん歩くうち、あしは棒のようになって、息は切れた。小さな子どもの体躯が、しかも女の子の足が、この意外にも厳しい地形にかなう筈がなかった。


 兄から模造銃モデルガンはいつの間にか、落としてしまっていた。

 何か大きなものの足音が、かすかに聞こえてくる。


 この前図鑑で見た熊だろうか。ソラはうずくまりながら、いろいろと想像した。


 音はドンドン近くなる。


                  ☆


 キルギバートたちは、足音を殺しながら植え込みへと分け入っていく。

 落ち葉と草が混在する、慣れない場所を歩く。まずい状況だと思った。必ず足音が響き、特定されやすいからだ。

 3人は戦いにもウィレの環境にも慣れていない。頬に汗がにじむ。


 しかし、気配の主を特定できなければ、最悪、死ぬかもしれない。

 木陰に隠れて相手を伺う彼らは二手に分かれ、包囲する手はずを整えた。


「少尉!」

「なんだブラッド、静かにしろ」

「いや、これ……」


 3人は妙なものを発見した。地面に無造作に落とされているウィレ軍の正式自動拳銃アーシェガン。ウィレの兵なら携行している銃だ。こんな物を落とすとは、誘っているのだろうか?


「貸してみろ」キルギバートはそれを取り上げた。


 おかしい。どこをどう見ても本物なのに、少しだけ軽いのだ。教練で見た見本はすでに古いものなのだろうかと思案する。カートリッジを抜くと、米粒より二周りほど大きな丸い弾がいくつも入っていた。


「新型か?」

「わからん。回収しておけ」


 生体反応が近づく。


 背の高い植物が視界を悪いものにしていた。すでに目標へは7マルほど。キルギバートが突入準備のアイサインをクロスに送った。クロスがうなづく。ブラッドは側面から背後へ回り込もうとしている。


 彼はそれを見ると、ターゲットを沈黙させるため行動を開始した。周囲の事をクロスに任せ、草が一番盛り上がり、わずかに揺れている。その一点に少しずつ近づく。反射で撃つのは早計だが、銃は構えておいたほうがいい。


「もう、遅いじゃないのよっ!!」


 その時、公園の茂みの一点が突如、急激に盛り上がり、黄色のチュニックを着た女の子が、ものすごい顔をして立ち上がった。


「うおあっ!?」


 キルギバートは驚き、銃を発砲した。弾はあさっての方へと飛んでいき、枝を叩き折った。折れた枝はブラッドの頭に直撃した。


「あだっ!?」


 クロスは、キルギバートが射撃においては"壊滅的"な腕前であることをようやく思い出した。


「動くなっ!」


 少女には、軽装した兵士たちが宇宙人にすら見えただろう。

 どこからか一陣の風が吹いた。


「ブラッドさん、止めて下さい。女の子じゃないか」


 少女は始め、激しく憤って出てきたが、今はただ、ひどく怯えている。ブラッドはその光景を目にしながらも、クロスにこう言ってみせた。


「ああ、そうだな。でも何だって、ここに子どもがいるんだよ」


 クロスの制止をよそに、ブラッドの目は疑念に満ちていた。探し当てたのが少女だったとて、ブラッドの思考は変わっていない。子どもを使った卑怯で醜い戦争方法すら、ウィレの軍人ならやりかねない、とブラッドは思っている。クロスにもそれは分かる。


 だが、こんな女の子に拳銃を向けて怯えさせる事を、人の良い彼に潜在する理性が許すはずもない。


「事情を話してもらいましょうよ」

「それは後だ。危ねぇものを持ってるかも知れん」


 ブラッドは彼女に近づく。女の子は一歩退いて、驚いたまま動かないようだ。雑木林の時間が止まる。


「よーし、動くんじゃない。動くんじゃないぞ」


 ブラッドの声は震えていた。あれほど耳元で音を立てていた虫の音が今は全く聞こえないほどに、クロスは恐々としてその場を見守った。


「安心してくれ。誰がこんなかわいい女の子を殺すかよ」


 乱暴なモルト語が、男の気持ちを物語った。


 爆弾なら取り除いてやるし、発信機なら束縛から自由にしてやりたいと思っていた。この子が、大人の都合で利用されているならば。


「え、え、え……?」


 女の子-ソラ-は、戸惑っていた。

 宇宙人たちはなにやら、自分とは全く無縁の別言語を喋りながら、1人はすぐ前、2人目と3人目はそのすぐ後ろに続いていた。

 自分の何倍も大きくそして、黒い無機的なソルジャーアーマーを取り付けた男たち。何を言い、考えているのか分からないソラは、ただ見上げる事しかできない。


 近づいた男はそっと拳銃を彼女の服に接触させた。直接手で触ろうとはしないことがその動きではっきり分かったが、ソラだって拳銃をどうやって使うか知らないはずがない。


 そうして、男が確認を終えようとした時。ソラの目が大きく開いて、瞳が急激にうるみ始めた。鼻水をすする音がかすかに聞こえてくる。


「ふぐっ……ふえ……」

「あっ」

「やべえ」


 クロスとブラッドが凍り付いた。



 彼らが気づいた瞬間。


「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!!」


 彼女は怖くなって、大泣きに泣いた。

 3人のは目をひん剥いて、驚いたように、否、驚いて口をあけた。


「あ、ソラ!」


 ブラッドの脇の茂みから、別の子どもたちが飛び出してきた。派手な泣き声を聞きつけたサミーたちだったが、キルギバートたちは少年たちを知らない。


 少年たちがその場に立ち竦んだ。


「ウチュウジンだ……」

「ウィレ、人か?」


 キルギバートらにとって、それがこの惑星で初めて出会った、ウィレ・ティルヴィア人となった。

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