第23話 軌道上の戦い-迫撃-

『モルト軍機動部隊接近。数は二十数機! 後方に三隻の艦艇を確認!』

『その程度の増援で何ができる。対空防御を張って撃退しろ!』

『増援の艦艇に大型艦を確認……も、モルト級戦艦です!!』

『慌てるな、戦力が違うんだ。殴り合いでもこちらに分がある。砲撃戦用意!』


 ウィレ軍巡洋艦の隊列が転換する。新たな敵に対応するために艦腹を横にした艦艇の装甲に、次々と荷電粒子砲の砲撃が突き刺さった。背骨を折られた魚のように奇怪な形に曲げ折られた巡洋艦が青白い炎を吹いて沈黙、ついで大爆発を起こして跡形もなく粉々に吹き飛んだ。


 その爆炎の中に一機のグラスレーヴェンが飛び込む。火器を構えた機――ブラッド――が空いた手で拳を握った。


「さすがヴァンリヴァルだ!! 後手から一撃で沈めるなんてな!」

「違いますよ、あれは"後の先"って言うんです」炎の上を掠めるようにしてクロス機が飛ぶ。

「どっちでもいいじゃねえか、要は一隻撃沈だろ!」


 ヴァンリヴァルの砲火は寄り集まったウィレ軍艦隊よりも濃密な火線を生み続ける。反撃するウィレ艦艇の誘導弾や砲撃のことごとくは分厚い対空網に掛かって、その艦体を傷つけられない。


『くそ、出てきたグラスレーヴェンから先に片付けろ!』

『戦艦は丸裸にしてから片付ければいい!』


 その戦艦ヴァンリヴァルの艦橋でコロッセス艦長は黙したまま、片手を静かに振った。副長が吼えるように号令する。


「敵艦隊中央に乗り入れる! 機関全速!! 打電せよ、"全艦我ニ続ケ"!」


 コロッセスの采配に、司令官であるグレーデンも僅かに微笑んで頷いた。それから艦の外にある戦場を見据えると口を開いた。


「息などつかせてやるものか」


 モルト軍艦隊の接近に慌てたウィレ艦艇はどちらに標的を絞るべきか、一瞬判断が遅れた。その数秒が命取りだった。グレーデンが解き放った機動戦隊が次々にウィレ艦隊に肉薄し、殺到した。


「敵さん慌ててやがるな」ブラッドが舌なめずりした。

「みっともない隊列だ。教育が必要なようですね」クロスが眉をひそめた。


 隊列の中心にいるキルギバートは手袋の指をしっかりとはめながら頷いた。


「宇宙での戦闘がどういうものか、ウィレの奴らに教えてやれ」


 キルギバート機が人差し指を艦列に突き付けた。


「突撃だ!」

『グラスレーヴェン、来ます!』

『た、た、対空防御、もう戦艦はいい、グラスレーヴェンを――』


 命令を改めようとした巡洋艦の艦橋が粉々に吹き飛んだ。クロス機が構えた無反動砲の砲弾が突き刺さり、炸裂したためだ。艦橋を見下ろすようにして浮遊していたクロス機が次の標的に向かって飛翔し、ブラッド機がディーゼで巡洋艦の大破孔に砲弾をぶち込む。推進剤に火がついたのだろう。燃え盛る幽霊船と化したウィレ巡洋艦の業火を受けながらブラッドが叫んだ。


「ブラッド機、クロス機が一隻撃沈一番乗りだ!!」


 巡洋艦の援護に間に合わなかったウィレ駆逐艦にカウス機が僚友の機体と共に肉薄する。


「止まらなくていい! 飛び過ぎながら弾をばら撒くんだ!」


 水上艦の概念が色濃いウィレ軍宇宙艦艇は、その上部甲板に主要な設備が集まっている。そこにディーゼの掃射を立て続けに受けた駆逐艦の一隻が嫌がるように戦線を離脱しようと脇へと逸れた。


「……今だ!」


 カウスが艦尾へと移動する。そうして引き離されるよりも前に、推進部の炎に向けてディーゼを数発叩き込んだ。口を開けて無防備の推進部から砲弾が飛び込み、奥へと突き刺さる。駆逐艦は艦内に蓄えた推進剤に引火し、滅茶苦茶に飛び回りながらやがてウィレへと墜落していった。あれでは復帰できず、大気圏に再突入して燃え尽きるだろう。


「カウスが駆逐艦をやったぞ!」


 機動戦隊の隊員らが歓声を上げる。キルギバートもにやりとした。


「カウス。その調子だ」

「はいっ!」


 守られ、後をついていくだけだった少年兵も今では故郷の宇宙で戦えるほどまでに成長している。キルギバートは確信していた。機動戦隊は、やれる。


「これならまだ巻き返せ――」


 だが部下の成長を喜ぶ暇もなく、戦場の変化に目を取られた。

 ウィレ艦艇の艦腹や艦尾のハッチが次々に開き始めたからだ。


「何を――」

『くそ、少し早いが仕方ない。アレを出せ! 対空戦闘用意!』


 艦艇群から光虫のような輝点が光の尾を引いて現れる。


「あ、あれは――」

「まさか――」


 宇宙空間に、キルギバートらにとって見慣れた機影が現れた。ずんぐりとした巨躯、流線形の装甲、そして短いながらも重厚な腕脚。ウィレ軍機動兵器"アーミー"が宇宙空間に現れる。


「あれは、ブラケラド・アーミー……!」


 モルトランツでキルギバートらが苦しめられた、戦闘に特化した機械獣とさえ呼べるラインアット・アーミーの改良型だ。


「あれは生体部品がなければ動かないはずだろ? しかもここは宇宙だぞ?」

「なるほど……」

「どうした、クロス」

「ブラケラド・アーミーを造った科学者の妹さんが言ってたじゃないですか。あれはラインアット・アーミーの後を継ぐものだって。だから、地上戦の後に宇宙戦が来ると見越していれば簡単に改良が効くし、生体部品もなくして有人機にしてしまえば……」


 キルギバートは苦い表情を浮かべた。ウィレも戦場が宇宙に移る……つまり戦争が継続するであろうことは見越していたわけだ。注意深く、かつての怨敵を見る。地上にいた時よりもフォルムは洗練され、下半身に当たる部分には放熱板のような覆いと推進機器が増えている。外見から見る機能だけでも無重力での高速戦闘を意識していることがよくわかった。一筋縄では、いかないかもしれない。

 それでも、やることは決まっている。


「奴らを叩き返せ」

「おうよ」

「モルトランツの時のようにはいきませんよ!」

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