第22話 推参、第二機動戦隊

 軌道衛星が燃えている。恒星の輝きに照らし出された惑星の水平線に照らされた、ウィレの遥か上空が炎のように揺らめき、爆発し、あらゆるものが乱れ飛ぶ。軌道上の戦いは既に佳境を迎えようとしていた。


『こちら宙間特殊行動部隊! 敵に奪取されていた衛星の奪取に成功した!!』

『やった!! モルトの奴らに奪われていた宇宙人工衛星を、取り返したぞ!!』

『衛星軌道は俺たちウィレ・ティルヴィアのものだ!!』


 戦局はウィレにとって圧倒的有利に傾いていた。その物量、そして工作力の前にモルト軍は為す術もなく、衛星軌道から徐々に浮き上がり始めている。だが、その頭上ともいえる宇宙の暗闇に、新たな光点が次々と到来していることにウィレ・ティルヴィア兵たちは気付かなかった。時間にして僅かに数分のことだ。


 たった数分、それだけで十分だった。


 新たなモルト軍の艦影が戦場に到来する。漆黒の装甲に包まれ、鋭角のフォルムながら重厚な――まるで大鷲のクチバシのような――艦影を持つそれは、明らかに他のモルト軍艦艇とは違う威容を誇っていた。巡洋艦よりも二回りも大きく、そして優美だった。くちばしの左右には二つのブロックが取り付けられていて、さらに後部からは推進の炎を吐いている。艦の左右と全部に取り付けられた主砲は砲身が短い。しかも他の艦艇のように露出せず、格納されていた。あらゆる部分が、をそのまま宇宙に持ち出したようなウィレ軍艦艇とは違う。


 モルト級戦艦。モルト・アースヴィッツが国家の総力をかけて建造した最強の戦闘艦艇。その三番艦「ヴァンリル」が、機動戦隊群を率いる旗艦として軌道上に現れた。開戦時でさえ最前線に現れなかった戦艦が、巡洋艦二隻を引き連れて真っすぐにウィレを目指して突き進む。


「戦局を変える」


 その艦橋――最深部にある戦闘司令区画の中枢――で、ヨハネス・クラウス・グレーデンは宣告した。


「全員、聴け。作戦目標はウィレ・ティルヴィア衛星軌道上の再制圧だ」


 グレーデンの声は備えられている音響機器によって全艦隊にすでに全グラスレーヴェン部隊が艦内で発進の時を待っている。


「第一機動隊はウィレ・ティルヴィアを時計回りに。第二機動戦隊はその反対から進入する。恐らくウィレ・ティルヴィア軍は艦隊をもって追い掛けてくるだろう。そこからは皆の見せ場となる」


 グレーデンは傍らの将校を振り返った。


「コロッセス艦長」


 花崗岩を思わせる重厚な風貌をした男が頷いた。少将の階級章を襟元に光らせた彼は合図を送った。艦橋の虚空にヴァンリルの立体映像が浮かび上がった。


「搭載機発進準備掛かれ」


 コロッセスはただ一言を発した。それだけで、艦内の全要員が仕事に取り掛かる。そうして、グレーデンに顔だけで振り向くと、また一言で告げた。


「お任せを」


 グレーデンも満足そうに頷いた。歴戦の艦隊指揮官であるコロッセスに、戦場での艦隊運動を任せておけば間違いはない。自分は機動戦隊の指揮に専念するだけだ。指揮系統は統一された。あとは――。


『グレーデン、準備はいいな』


 本国からの通信。そして続く声は、首都アースヴィッツから作戦を総覧するローゼンシュヴァイク参謀総長のものだ。


「整っております。参謀総長」

『よし。後は現場の判断だ。わかるな。おめぇにぶん投げる』

「そう思っていましたとも」

『ふん、可愛げのねえやつだ。戦略に基づいて動く限り口は出さん。連中の首の根を抑えろ。相手はアーレルスマイヤー、そして懐刀のドンプソンだ』

「それにシェラーシカがいます」


 低い声でローゼンシュヴァイクが問うた。


『小娘に遅れをとると思うか、俺が』

「油断大敵。ゆめお忘れなく」

『ハッ、おめぇに諭されるとは俺も歳を喰うわけだ。その諫言に免じて覚えとくぜ』


 やり取りに似合わず、声音はさっぱりとしていた。ローゼンシュヴァイクは敵将を侮るような男ではないし、そのことはグレーデンもよく理解している。これで現場と、司令部の疎通も問題はない。


「勝てる」


 人と機構、二つの歯車がかみ合った。そして戦場到来という名の運も味方している。知らず、グレーデンは拳を握り締めた。


「この戦、勝つぞ」


 ☆☆☆


 そして格納庫では、グラスレーヴェン隊がその瞬間を待っていた。鈍い振動がコクピットを襲う。戦場と艦内を隔てる鋼鉄の壁が取り払われた合図だ。そうして、恒星によるウィレ・ティルヴィアの反射光――青い光――に格納庫内が照らし出された。本棚のような形状の巨大な鋼鉄の仕切りによって分けられたグラスレーヴェンが、背部に取り付けられたレールに沿って壁、天井へと滑るように移動する。

 格納庫の奥にある壁に、機体脚底が固定された。天井に背中が張り付いたような姿勢で、グラスレーヴェンは目覚めた。カメラアイが点灯し、格納庫内の様子がコクピットに映し出される。


「ウィレ・ティルヴィアだ」


 天井側で待機するクロス・ラジスタは静かに、噛みしめるように呟いた。

 彼の機体のモニターに、眼下――格納庫床側――の映像が映し出される。そこには、漆黒のグラスレーヴェンが立ち上がった状態で、艦外へとその目を向けている。


「隊長」

「――ああ」


 キルギバートは搭乗員服とヘルメットに身を固め、操縦桿に手を添わせながら、同じように、噛みしめながら頷いた。


「ウィレ・ティルヴィアの夜明けだ」


 この光景から全てが始まったのだ。始まりに、自分たちは戻ってきた。


「全員、いいか」


 キルギバートが口を開いた。


「あの場所で、俺達は大事なものを失った」


 クロスに続くブラッドが、いつもの軽口を言わない。その言葉の意味をよく知っているからだ。


「だが、悪いことばかりじゃなかった気がする。現に俺たちは今、こうしてここに集まっている。この宝物のような今を、俺は二度と失いたくない」


 カウスが頷いた。彼はこの戦いで第二機動戦隊第四班長として、初めて二機の僚機を従えて戦うことになった。


「皆に言いたい」


 キルギバートは操縦桿を握り締めて差し上げた。機体が拳を掲げる。


「――モルトの勝利のために、祖国を守るために」


「失って、それでもまた生まれた今を守り抜こう。そして、取り返せるものがあれば取り戻そう」


 機体の指が戦場を指し示す、キルギバートは静かに目を閉じた。


「それが俺達の勝利だ。第二機動戦隊の戦いだ」


 キルギバートは目を見開く。ヘルメットの内側にある彼の顔が照らし出される。そこにあったのは戦鬼が乗り移った形相だった。


「ウィレ軍を惑星へ叩き返せ。勝利のために」


 応、の声が通信に木霊する。「勝てる」キルギバートは歯を剥いた。


『第二機動戦隊射出用意よし』

一番機キルギバート、出撃準備よし」

『キルギバート少佐機、発進許可よし』


 機体が踏み出し、脚部固定器に脚底が接続される。その瞬間、機体と艦管制部が接続され、出撃の秒読みが始まった。


『五秒前、四、三、二――』

「キルギバート機、第二機動戦隊、出撃する!」

『――一、軍神の加護あれ! ご武運を!』


 直後、機体は滑るように猛加速し、キルギバートは座席へと叩き付けられた。そのまま艦内の景色が左右に流れ、一瞬にして宇宙への道が開ける。左右が暗闇になり、眼前に星が瞬き、そしてひと際大きな衝撃と共に機体が艦を離れた。


 クロス、ブラッド、カウス、そして多くの僚機がそれに続く。先陣を切る四機の軌跡が螺旋を描く。そして大写しになったウィレの水平線に瞬く爆発の光を見つめて、キルギバートは吼えた。


「第二機動戦隊、いざ参る!」

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