第21話 第一次軌道上攻防戦

 宇宙からウィレ・ティルヴィアを眺める。青い宝石と謳われる威容はなるほど、宝石のように煌びやかにして淡い。靄がかかったかのような水平線と、大陸の緑、そして、所々に輝く白い雲の幾何学模様はどんな宝石にも表すことのできない艶姿だ。


 そんな青い水星の衛星軌道上に、無数の光点が瞬いている。遠目から見るそれは美しかった。だが、それらが全て発砲と爆発の光であり、死と墜落の輝きをもたらしているなどと、誰が思うだろう。

 軌道上における戦いが、始まってすでに十数時間。


 扁平で艦首から艦尾まで流線形の宇宙艦艇がグラスレーヴェンを引き連れて衛星軌道上を滑るように進んでいる。一隻ではなく、何隻も。これはモルト軍の宇宙巡洋艦「ヴィルス級」。数機の人型兵器搭載能力を有し、荷電粒子砲とレーザー機銃で身を固めたモルトの主力艦だ。


 だが、その艦が突如として爆発した。真下――宇宙空間には上下の概念がないので、厳密には艦腹――から誘導弾の直撃を喰ったためであった。


『敵艦隊接近! 砲撃と飛来する残骸に注意!』

『どの艦隊だ!? 軌道上はもうウィレ・ティルヴィア艦隊でいっぱいだぞ!』

『東に敵艦隊! 多いぞ……。こっちだけでは手が足りない、助けてくれ!』

『包囲がわからない! ここは宇宙だ、もう地上じゃないんだぞ!』

『弾が切れた……! だ、誰か、武器を、武器を貸してくれ、早く!!』


 軌道上に展開したグラスレーヴェン部隊は打ち上げてくるウィレ・ティルヴィア艦隊の猛烈な砲撃を受けている。誘導弾、レーザーによる飽和攻撃が足元、背後から次々に襲い掛かり、それらを避ける間もなく爆散する機体もあれば、避けた所を周回軌道に乗った高速の宇宙艦艇に"轢かれて"粉々に吹き飛ばされる者もいた。


 ウィレ・ティルヴィア宇宙軍の青い艦艇がグラスレーヴェンを蹂躙して進む。先頭を行くのは"駆逐艦"。四角い長方形の箱のような外観で、ごてごてとした砲座や機銃が取り付けられている。艦級名を「フルント級」。ウィレ・ティルヴィア宇宙軍の尖兵を務める小型宇宙艦だ。


 さらに続くのはフルント級駆逐艦のような直線形の艦影をしているが、少し大きな艦艇だ。のみを思わせる少しだけ鋭利なフォルムをしていて、こちらも艦艇の上下左右に砲座がついている。「ラノン級」宇宙巡洋艦。ウィレ・ティルヴィア軍の主力艦艇で、戦争が始まる前年に就役したばかりの主力艦だ。


 これら高機動の宇宙艦艇が電磁砲を乱射し、レーザーの砲弾を曳光しながら狼狽えるグラスレーヴェン部隊を薙ぎ払っていく。開戦前では人型兵器の猛威の前に為す術がなかった宇宙軍も、十分な仮想演習を得て対策を整えている。何より、物量に勝るウィレ軍艦艇が一、二隻しくじったところで戦局に与える影響などない。

 衛星軌道上に展開しモルト軍首尾部隊は僅かに六個艦隊。対するウィレ・ティルヴィア宇宙軍は現時点で二十数個艦隊。反攻の成功は既に成ったようなものかもしれない。


 事実、ウィレ・ティルヴィア宇宙軍はそう見た。現地艦隊の指揮官たちは艦橋の司令席から躍り上がって高揚した。宇宙の戦いでも、ウィレ軍は遅れを取りはしないのだと。


「いける……いけるぞ。モルト軍を衛星軌道から押し出せ」

「一気にケリをつけるぞ! その後はアースヴィッツだ!!」

「アースヴィッツでどうするつもりだ?」

「ブロンヴィッツを引きずり出してこの戦争を終わらせてやる!」


 そして、ウィレ・ティルヴィア軍首脳部はそう見なかった。公都シュトラウスの司令部においてアーレルスマイヤー元帥と幕僚たちは順調に進んでいる戦況を見ながらいぶかしげに眉をひそめた。


「妙だな」


 アーレルスマイヤーの傍に控えていたヤコフ・ドンプソン中将――宇宙攻勢直前に昇進――は頷いた。相変わらず、菓子袋を手元に置いている。


「ええ。順調に過ぎます」


 「そうですね?」と、さらに傍らを見る。そこに軍帽を目深に被ったシェラーシカ・レーテがいる。作戦参謀本部第一課長。陸・宇宙軍大佐。ウィレ軍の頭脳であるヤコフの腹心として、ついに作戦参謀の地位に就いた彼女もまた目線のみで肯定した。


「艦隊を衛星軌道上に引きずり出そうという意図でしょう。それに、"神の剣"が見当たりません」

「どういうつもりかな」


 アーレルスマイヤーはシェラーシカの方を見て言った。恐らく、わかっていないわけではない。一時期とはいえモルトに身を置き、その戦技に詳しいシェラーシカの推測と己の考えが合っているかどうかを試すつもりだろう。彼女は少し長めに思案した後、宙域図を見ながら口を開いた。


「恐らく、戦線を引き直すつもりです。衛星軌道は、モルト軍得意の機動戦にうってつけの戦場ですから」

「衛星軌道を我々に明け渡すことになるとしてもか?」

「我々の首根っこ、というより頭を抑えればモルトは有利を保てますから」


 広大な宇宙から見ればウィレ・ティルヴィア衛星軌道などは所詮「惑星の上空」に過ぎない。そこに釘付けになっている限り、ウィレ軍は足がかりをつくれず繰り出した宇宙艦隊はやがて補給切れを起こして再びウィレに着陸せざるを得なくなるだろう。唸るように得心した後でアーレルスマイヤーは宙域図を見上げた。視線の先にはモルトがある。


「しかし相手はローゼンシュヴァイクだ。このままとは行かないだろう。彼が見ているものが、私の予想に近いものであれば必ず反撃してくるはずだ」

「それは?」


 怪訝そうに眉を上げるヤコフに、アーレルスマイヤーは振り向いて口を開いた。


「この戦争を終わらせることだ」


 果たして、その予想に沿うものだろうか。通信士官が固い声音で新たな戦局が訪れたことを告げた。


「ウィレ=モルト間軌道"回廊"より敵の増援艦隊を確認! 規模二個艦隊!」

「モルトからか?」アーレルスマイヤーは言いつつ、不吉な感覚に囚われている。

「はい、モルトから来ています!」


 ヤコフは通信士官の言葉を聴き、手元の菓子袋に手を伸ばし、やめた。


「シェラーシカさん、どうやらここが正念場のようですよ」


 ヤコフの言葉に亜麻色髪の戦乙女は僅かに目を見開いた。そうして、掛けられた言葉を飲み下すように顎を引くと、何も言わずに宙域図を見つめた。


「予想が正しければ、この戦いにおける一番の"不確定要素"が来ます」


 ヤコフは手を打ち合わせた。道化じみた顔は軍人のそれ――ウィレ・ティルヴィア有数の知恵者のものに変貌した。


「ローゼンシュヴァイク参謀総長、相手にとって不足はありません」

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