第20話 機動戦隊出撃
大陸歴2719年5月1日深夜2時30分。
モルト・アースヴィッツ首都アースヴィッツ。モルト軍第二機動戦隊兵営。
暗い士官室の寝台の上でキルギバートは目を覚ました。
「――」
寝台から身を起こす。やや寝ぼけた様子で枕元の電子時計に目を向ける。起床時間から一刻以上も早い。寝直してもよかった。なのに、時計から目を離すことができない。少しずつではあるが、目が冴え始める。
「五月、一日……」
何の事はない。月が改まった。それだけの事だ。
にも関わらず、心がざわついた。
悪寒に近い何かがひたひたと背後から近づいてくる。寝台から裸足を床に下ろし、壁にかけていた軍装に手を伸ばした。そのまま慣れた動作で着替え、枕元に置いてある太刀へと手を掛ける。
その時だった。けたたましい電子音が部屋に鳴り響いた。
「来た――」
体当たりするかのように士官室の出入り口の扉を開けると、呼集場所である作戦室へと駆け出す。次々と左右の部屋が開き、搭乗員たちが飛び出してくる。既に駆け出しているキルギバートを見て驚くが、普段と変わりのない様子の者もいた。ブラッドとクロスだ。後ろから慌ててカウスが追いつこうと走ってくるが、足を緩めている暇はなかった。
「起きていたのか」
顔を向けずに横並びになって通路を疾走する。
息を乱さず、顔も向けずにブラッドが答えた。
「なーんか、やな感じがしたんでな」
「私も」
「俺もだ」
嫌な感覚――または予感。そんなこと、わかっていたはずだ。
ウィレ・ティルヴィア軍の攻勢はいつだって月の初めと共に行われてきたのだから。来るべき時が来た。ウィレ軍が宇宙へと進出したのだ。
『ウィレ・ティルヴィア東西大陸各地において、敵宇宙軍の大規模な発進準備を確認』
『首都駐留の全部隊は第一種戦闘態勢に移行! 第一・第二・第三機動戦隊は出動態勢! 親衛隊機動部隊は祖国上空に展開せよ!』
警報に耳を傾けながらキルギバートらは作戦室へと駆け込んだ。既にシレン・ヴァンデ・ラシンと白備えの搭乗員服に身を包んだ第一戦隊員たちが集結している。数秒にして第二、第三機動戦隊員が集結する。
グレーデンがケッヘルを伴って入室したのもほぼ同時だった。全員が敬礼し、司令官である男は完璧な答礼を行って口を開いた。
「諸君、ついに来た。準備はいいか」
応の声が作戦室に響く。全員が奮い立ち、勇んでいる。士気は高い。
「出撃する!」
☆☆☆
豪奢な大本営に入ったブロンヴィッツを親衛隊員らが「捧げ銃」の姿勢で出迎える。司令部は国軍将校らが固め、その中心には国軍の長ベーリッヒ首席元帥、そして機動軍司令総監であるゲオルク・ラシン元帥、そしてモルト軍参謀総長テオバルト・ローゼンシュヴァイク大将がいた。
「来たか」
眩いほどに白い元首用の軍服に身を包んだブロンヴィッツは手袋をはめて呟いた。ローゼンシュヴァイクとゲオルクも共に頷いて応じる。
「残った神の剣の照準で観測衛星の真似事をさせていたのが役に立った。惑星全土を挙げての発進だ。もはや相手さんも隠すつもりがねえ。連中、上がってくるぞ」
「神の剣で敵本隊を叩くべきとの具申も上がってきているが」
「その居場所とやらがわかればそうしてやってもいいが、上がってくる艦隊を迎撃で全部撃ち落としきれるほど
遠慮なしに言い放つローゼンシュヴァイクを見つめるブロンヴィッツの表情は冷静だった。そのまま、ベーリッヒとゲオルクへと向き直る。
「首席元帥、いかに」
「参謀総長の言に従うべきかと」
「よし。ラシン元帥」
「御意。機動部隊はすでに本国を進発」
「策は?」
「敵艦隊が軌道に乗りきる前に第一機動戦隊で頭を押さえ、ウィレ上空にて拘束します。動きが止まった敵艦隊を第二機動戦隊が打撃。……勝敗は一撃にて」
「機動戦隊のウィレ上空到着は」
「距離があります。最大戦速で三十六時間ほどかと」
ベーリッヒが告げ、即座にゲオルクが咳払いした。
「二十四時間後です」
「なんだと?」ベーリッヒが眉を上げた。
「グレーデン麾下のコロッセス提督の艦隊には高速艦を持たせています」
ブロンヴィッツはそれを聴き、わずかに目を見開いたがやがて低い声で短い忍び笑いを漏らした。グレーデンを起用すべきだといったローゼンシュヴァイクの献策はこういう局面でも当たったことになる。
「ふっふ、よかろう」
ブロンヴィッツは腕を組み、戦況を告げる投影へと目を向けた。
「機動戦隊、その初陣か」
軍人として大本営に立つブロンヴィッツの脳裏に機動戦隊をまとめるグレーデンの顔が浮かんだ。そして、その彼を用いるべく必死の献策を行った名もなき"つわもの"の顔も。
「軍神の加護を」
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