第19話 その男、戦術開発士官につき

 ワイレイという男は思った以上にすごい男らしい。

 空軍戦闘部隊所属。開戦時から僅かに生き残った者は二割というすさまじい場所で、グラスレーヴェンを血祭りに挙げ続けた猛者で、超高高度戦闘……つまりは宙間戦闘も経験した熟練の戦闘機パイロットだ。宇宙でも通用するアーミーの開発と投入に関してはノストハウザンの頃からアン・ポーピンズを初めとする新兵器開発首脳部にやかましく上申していたようだ。


「それならお前が来い。……ってな具合でポーピンズのばあ様に押し付けられてよ」

「ババアの置き土産がお前とはな。しけた面だ、お前が十人集まったって三文俳優にもなりゃしねえ」

「そりゃねえよアーヴィン」


 さらに言えば、配属されて一時間も経たないうちに隊に馴染んでいる。まるで元からいたような風でジストに絡み、リックとは音楽の趣味が合うようで意気投合している。すっかり腰を落ち着けてげたげたと笑っているワイレイに対し、戸惑っているのはカザトとファリアだけだ。


「そ、それで――」


 状況を変えるためにファリアが動いた。


「中尉は自分の事を水先案内人と仰っていましたけど……?」

「ん、そう――。って、おお、別嬪さんだな!」ワイレイが食いついた。

「ファリア・フィアティスだ」横で聴いていたジストが助け舟を出した。

「お嬢さん、後で一緒に飯食いに行こうぜ」

「聴けよ」


 焦るカザトを尻目に、ファリアの美貌に掛かったワイレイが落ち着くまで、たっぷり小半時をかける羽目になった。


「すまんすまん。かわいこちゃんには目がなくてねえ」

「いい加減落ち着けよ、お前もそろそろ四十路だろ」

「うるせえ、心はいつでも少年だい」


 調子を狂わされたジストが「とっとと話せ」と急き立て、ワイレイは通路の床に胡坐をかいて座り込んだ。


「アーミーはどこまで行っても地べたで戦う兵器だ。宇宙での戦い方は確立されてない。その様子だとお前らも三次元での戦いには慣れてないんだろ?」

「まあ、そっすね」リックが同意した。

「それだと困んだよ」

「どういう、ことですか?」


 カザトの問いに、ワイレイは片目を閉じて頷いた。


「お前ら03隊に、もっかいラインアット戦線を穿つ者としての仕事をしてもらいたい。それが上の思惑ってことだ」

「どういうことですか?」

「言ったとおりだよ。アーミーの戦い方は確立されてない。このままアーミーの大群を宇宙に送り込んだところで、モルトの連中のエサになるだけだ。だから――」

「俺らの戦闘データを元に、アーミーの宇宙での戦い方を固めていくってことか」


 ジストが継いだ言葉にワイレイはにやりと笑った。


「空軍の兵士は最優先で宇宙用アーミーの搭乗員に回される。だが、絶対数が足りねえんだ。ウィレも地上の戦いが終わったとはいえ、モルトの残党がいないわけじゃない。領空を守る兵士を残さなきゃならない。だから、こうやって俺たち空軍が方々の地上アーミー生き残り部隊に"戦術開発士官"として配属されてるってわけよ」

「それで――?」


 納得したように頷く隊員たちに対して、ジストはすでに切り替えていた。


「俺達がものになるまでに、どれくらいあればいける?」

「お前の頑張り次第だよ、アーヴィン」

「時間はかけねえさ」

「そんなら、一週間ってところじゃないかね。一日ぶっ通しだが」

「構わん、始めるぞ」


 「ええっ」とどよめく隊員たちをジストは一睨みで黙らせると煙草をくわえた。


「休憩は終わりだ。すぐにかからんと全員腕立て五百回だ」


 隊員たちを筐体の中へと追い立てる。ワイレイも笑いながら予備の筐体へと足を向けた。その背に、ジストはささやくように低い声を投げた。


「どいつの差し金だ、ワイレイ」

「わかってんだろアーヴィン。お姫様だよ」

「大公サマか」


 その呼び名に敬意は一切滲んでいない。大公……自分たちをこの隊に導き、そして地上戦の満願成就の報酬として、軍内政治抗争の生贄にアンを捧げ、今は宇宙へと打ち上げる黒幕となった人物だ。


「どえらい可愛い顔して怖い人だね、ありゃあ」

「軍人であるうちはまだいいがな」

「……ほう?」

「政治の顔を俺らの前で見せたら、クビを賭けてぶん殴ってやるつもりだ」


 ワイレイは笑った。


「お前ならやりかねないな」

「そうかい。だがその前に、目の前のことだ。連中が宇宙に行っても生き抜けるように仕込んでやらねえとな」


 筐体に足をかけて乗り込もうとするジストに、ワイレイは少し目を丸くした。


「変わったな、アーヴィン」

「なにが?」

「前までのお前は、そんなに優しい目を見せるやつじゃなかったよ」

「うるせえ殺すぞ」


 ジストは吐き捨てながら筐体へと潜り込み、乱暴にハッチを締める。そんな彼を見てワイレイはからからと笑うと、自分の筐体へと向かった。


 訓練が始まる。


 そして、彼らもまた反攻作戦の発令と共に宇宙へと上がる。軌道上の戦いは目前に迫っていた。

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