第18話 現在の彼ら-戦線を穿った者達-

 漆黒の空間に、無限の光星が瞬いている。

 音はない。大小の光だけが世界を支配している。


「星の海……」


 呟いた声だけが、光だけの世界に"音"として響いた。


「これが宇宙――」


 直後、響き渡る通信音によって静寂の世界は引き裂かれた。


『敵艦隊との距離三万六千。接敵まで残り三分』

『各機、迎撃用意』

『敵グラスレーヴェン部隊の発進を確認。推定一個大隊規模』


 鼓動が早くなる。宇宙空間は何もかもがウィレの大地とは違う、異郷の戦場だ。


『各機聴こえるか。迎撃するぞ、陣形を取れ』


 聴き慣れた隊長の声がヘルメットを通じて頭蓋に直接響く。操縦桿を握って機体を推進させ、隊長機の斜め上方に陣取ろうとし――失敗した。推進力が効きすぎ、慣性によって僅かに位置がずれた。


『畜生、ぐだぐだだな。何とか立て直し――』


 遠い暗闇から、光が瞬いた。


『隊長、来ます!』


 切迫した女性の声が響き、大きな衝撃が身体を揺さぶった。

 陣形の空隙を何条もの眩い光の束が過ぎ去っていく。


「うわっ!?」思わず声をあげた。

『今のが敵の荷電粒子砲だ。地上と違って宇宙だとこんだけ速い。気を抜いたら一撃でばらばらにされるぞ』


 警報音が鳴る。反射的に操縦桿を握り締めて、それを手前へと引いた。砲撃によって生み出された光の坩堝るつぼから、もう一度宇宙空間の暗闇へと躍り出た瞬間――。


『危ない!』

「えっ――」


 目を上げた時、正面に"敵"が迫っていた。黒い装甲の人型兵器、グラスレーヴェンが真っすぐに強襲してくる。頭をこちら側に向けた敵機が火器を抱きかかえるようにして取り出す。


「くっ!」


 雷撃のような閃光と共に、敵の徹甲弾が光を曳いた。今度はフットペダルを踏み込んで機体を急降下させる。が、上手くいかない。僅かに斜め後方へと下がっただけだ。徹甲弾は自分を掠めて奈落の暗闇へと消えていく。

 被弾を免れたと安堵した次の瞬間、警報が鳴った。


『おいっ!!』

『避けて!!』

「え――」


 目の前に巨大な閃光が迫っている。

 それが荷電粒子砲による砲撃だと認識した次の瞬間。今までにない衝撃を感じ、目の前が真っ暗になった。


 出撃してわずか数分。自分は死んだ。



 ☆☆☆


<演習終了>


 画面に表示された文字を見て、あらためて自分が"死んだ"のだと自覚する。同時に、これが実戦でなくてよかったと安堵した。間の抜けた空気音と共に、目の前の画面が真っ二つに割れる。外の明るい光が飛び込んできて、思わず目を細めた。


 立ち上がり、半身を外へと出す。卵型の訓練用ポッドから身を乗り出すと、明るさに幻惑されて足下がふらついた。


「うわっ」


 転がり落ちるように外へと出る。尻もちをついて鈍い痛みに腰を擦っていると、すぐ横に並べられていた複数のポッドが次々と開いた。中央から出てきた中年の無精ひげの男――ウィレ・ティルヴィア陸軍大尉の制服を着た――が火のついた煙草をくわえてしかめっ面をしている。


「おいカザト。なんだあの無様な姿は」

「す、すいません。隊長!」


 カザト・カートバージは頭を下げた。その間にもポッドからウィレ・ティルヴィア軍の制服を着た者たちが次々と這い出てくる。年若い少年がポッドにもたれて目を回し、白金色の短い髪の女性士官が疲れた様子で立ち尽くしていた。


「リックはグラスレーヴェンと衝突して機体大破。あれだと首を折って死んでるな。ファリアは位置取りをしくじり、砲撃の直撃で爆発四散、俺はグラスレーヴェンの機動を読めずに撃墜。最後まで立ってたのは――」


 ポッドから出てきたやさぐれた表情の青年がにやりと笑って吼えた。


「オヤジ。隊長を代わってやってもいいんだぜ」

「黙れゲラルツ。お前も最後はグラスレーヴェンに囲まれてただろうが」

「うるせえ。最後まで立っていたモンが勝つんだよ」


 カザトは嘆息した。お世辞にも見事な連携を誇った"ラインアット"とは思えない。


「こんなので、本当に宇宙に出れるんでしょうか……」

「オレっち、こんなんじゃ数秒でやられっちまうよ……」


 カザトとリックの弱音にジストは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「うるせぇヒヨッコども。宇宙に出るのは待ったなしだ。アーミーの搭乗員を遊ばせとく余裕は、今のウチにはねえんだよ」

「ま、またヒヨッコに逆戻りですか……」

「仕方ねえだろ。エリイのやつが宇宙戦闘用の書き換えと調整をどれだけしてくれるかにもよるが……まずは俺達が宙間戦闘に馴染めるかどうかだ。そうでなきゃウィレ軌道上を取り返せねえ」


 ウィレ・ティルヴィア地上戦勝利の立役者"ラインアット・アーミー"。その搭乗員たちに休息はない。次に目指す戦場も定まり、彼らは皆専用の訓練筐体トレーニングポッドで宇宙での戦いに備えている。

 この戦争の初期に宇宙軍は壊滅し、空軍は今日に至るまでの激しい戦闘で全戦力の半分以上を消耗し、ほとんど壊滅状態に陥って回復していない。そのため、最も人数を用意できる陸軍将兵が宇宙軍へと転属させられるのは自然の成り行きなのかもしれない。


 それにしても、だ。


「んなこと言ったって三か月やそこらじゃ無理だよォ」

「もっぺん弱音を吐いたらぶん殴るぞリック」

「ええぇ……」


 不肖の様子のリックを引っ叩き、ジストは参ったように頭を掻いた。


「今までの難題で一番の厄介事かもしれねえな」


 白金の髪の女性……ファリア・フィアティス准尉がジストの傍に静かに歩み寄った。片方の腕を抱いてポッドを見つめている。


「陸軍兵器の操縦と、今度の宙間戦闘はそもそも基礎から違います」

「わかっている。戦車兵に戦闘機の飛ばし方を教えるようなもんだ」

「そうと知って、それでも?」


 ジストは煙草を吹かせて頷いた。


「アーミーの試験運用は終わった。それでも、残された任務は変わらん。ウィレを勝たせる手助けをすること。これを放っぽり出すわけにはいかねえんだよ。魔女のババアと約束しちまったからな」


 アン・ポーピンズは陸軍を追われた。モルトランツ、地上の決戦における独断専行とアーミー部隊によるベルツへの反逆の責めを一身に背負って予備役に就いた。もう魔女と呼ばれた辣腕の女性将校は、彼らの後ろ盾にいない。


「俺たちは職業軍人だ。決めた約束事は遂行しなきゃならん。そうでなければこの"03隊"は立ち行かなくなる」


 03隊。宇宙艦隊所属が内定しているジストたちの所属を現す簡素極まりない記号だ。戦線を穿つ役割から、その他大勢の将兵と同じ役割を期待されていることを示す、職業軍人サラリーマンとしての席番社員番号のようなものだとジストは認識している。


 ファリアは何も言えなくなり引き下がった。


 そんな彼らを見上げながら、カザトは遠い目になった。宇宙まで出撃し、モルトを攻めて降伏させる。きっと特撮や英雄モノでいくところの"敵の牙城での決戦"というところなのだろう。ちょっと前までの自分であれば、きっとそうした決戦に心躍らせていたのかもしれない。


 だが――。


「アイツも出てくるんですかね」


 カザトは敵の姿を知ってしまった。そうして敵である、あの男の姿が真っ先に思い浮かんだ。キルギバート。モルト軍の将校で、グラスレーヴェンのパイロット。自分と何度も刃を交え、そして肩を並べて戦った男。

 この宇宙空間という未知の戦場で彼と出会った時、自分は彼を討てるのだろうか。いや、敵うのだろうか。カザトは全くわからなくなっていた。


 嫌な考えを振り払うように頭を振って、カザトは立ち上がった。


「とにかく休憩――」


 そんな時だった。格納庫臨壁通路キャットウォークの床を、固い軍靴が叩く音がした。


「よお、アーヴィンはいるかい」


 カザトが顔を上げると、そこには官給品の単紐の背負袋を下げた男が立っていた。黒い髪を軍人らしくかっちりと刈り揃え、鉄でできたような精悍で整った面構えをしている。

 他の隊員たちも珍妙な乱入者の方を見ている。男は腕を軽く広げて肩を竦めた。


「いるかって訊いてんだがな?」

「お前か、ワイレイ」


 筐体から飛び降りたジストが男の下へと歩み寄る。男は鳶色の目を細めてにやりと笑った。


「お互い生きてたな。アーヴィン」

「しぶてえ野郎だ」

「随分だな」


 ワイレイと呼ばれた男が手を差し出した。ジストはその手をややあって握り締めた。カザトが目を見張った。相手から求めた握手に応じる愛嬌は皆無といえる隊長が素直に応じる相手だ。只者ではない。

 男はカザトらに向き直った。


「本日付でウィレ・ティルヴィア空軍から宇宙軍へ転属になったアルバート・ワイレイ中尉だ。あんたらの宇宙での水先案内人を務める。どうぞ、よろしく」


 こうして03隊に、新たな仲間が加わった。



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