第24話 大いなる前哨戦

 加速しながらブラッドとクロスが敵艦隊の中央へと突っ込む。


「少佐!? ブラッドさんにクロスさんも!!」

「カウスッ」


 続こうとするカウスにキルギバートは鋭く叫んだ。


「お前の班は敵艦隊を牽制しろ! 火線をばらけさせるんだ」

「り、了解です!」


 言い終わるよりも前に敵の巡洋艦の前方を掠めるように飛び過ぎている。そちらに気を取られた艦艇の砲座が向けられるが、すぐにカウスが猛烈な射撃を浴びせて注意を引いた。だが、漆黒のアーミーたちは惑わされなかった。キルギバートらに標的を絞ると艦隊の直掩として追撃を始めた。


「思ったよりも動きがいい――」


 キルギバートは舌打ちして、ウィレから見てさらに上空方向へと機体を飛翔させる。五機ほどのアーミーがキルギバート機に食らいついている。安易に仕掛けず、出方を見るべきだとすぐに判断する。距離を詰められないように一定の速度を保ち、わざと緩やかに機動する。

 果たして、ブラケラド・アーミーが腕を伸ばした。その腕部にある機銃が火を噴いた。キルギバート機は錐揉みしながら、今度は惑星ウィレへと急降下する。そこにぴったりとアーミーは喰いついてくる。


 一定の編隊を保ちつつ、急な機動にもついてくる敵を見て、キルギバートは確信する。


「やはりそうか、こいつら空軍兵だな……!」


 アーミーの機動は急峻で、しかも無駄がない。よほどの手練れでなければこんな戦い方はできるはずもない。大戦の序盤から生き延びてきた戦闘機乗りたちが宇宙に出てきている。相当に手ごわい。


「ならば――」


 キルギバートは機体を急停止させた。


「接近戦に持ち込んでやる」


 そうして、機体を反転させると同時に長刀に手をかける。ブラケラド・アーミーとの距離が詰まり、驚いた敵機が間合いを取るべく迂回機動を取る。編隊が乱れ、最後尾に位置していた機が大きく逸脱する。


 そこへキルギバートは抜きつれて飛び込んだ。ブラケラド・アーミーの背部から黒い蜘蛛の巣状の"何か"が展開する。


「あれを出すか――」


 柔軟な炭素鋼索とナノマシンによる死の細糸。装甲の継ぎ目に喰い込み、分子を食い荒らして切断と破壊をもたらす黒い蜘蛛の巣。幾度もキルギバートを死の淵に叩き込んだ秘蔵の武装が繰り出された。だが、その展開には小型の中継器を射出しなければならない。弱点はモルトランツで看破した。慌てることはない――はずだった。


 真後ろからの照準を示す警報が鳴った。


「なに――」


 横跳びに回避運動を取る。その真横から鋼索がかすめるように突き出された。


「誘導式か!?」


 ナノマシンの自律変形ではなく、鋼索そのものに電気信号が流れ、自在に誘導できるように改良されている。中継器が廃され、鋼索の動きを読むことは不可能だ。その代わりに、鋼索の先端には円盤状の機材が取り付けられていて、それが青白い噴射炎を吐いていた。推進器だ。


「考えたな」キルギバートは唸った。アーミーは武装も無重力に併せた改良を施されている。間に合わせと侮ることはできない。

 切り払い、一度距離を取ろうとする。そこに四方から鋼索が飛来する。


「ちっ――!?」


 機体の左腕に鋼索が巻き付いた。それを切って落とそうとした瞬間、腕部が浸蝕されたかのように黒く染まる。肘関節部が火花を散らした。電気系統に入り込んでいるのだ。キルギバートは拳を握り締めた。


「グラスレーヴェン!」

<<汝に軍神の加護を>>


 外敵に反応したグラスレーヴェンの自律機能の判断は素早かった。左腕を切り離し、肩の機銃を掃射してブラケラド・アーミーの黒い腕を退け、そのまま衛星軌道上空に沿って飛行を始める。


<<操縦者に権限を移行する>>

「……了解」


 キルギバートは歯噛みした。宇宙という地の利に甘えて敵を軽く見た。振り返れば数機のブラケラド・アーミーはなおも追ってくる。


 通信音が鳴る。


『おい、何してんだ!』

「ブラッドか。しくじった」

『こっちに来れるか!?』

「無理だな。軌道上から脇にそれれば減速する。捕まってしまう」

『待ってろ、今そっちに――』


 と、異なる通信音が飛び込んだ。


『大丈夫ですか?』クロスだ。

「大丈夫じゃない」

『言えるうちはまだ大丈夫ですね』


 言いつつ、キルギバートの声はだいぶ切羽詰まっている。機体は大気圏すれすれを飛び続けている。減速できない以上、加速は止まらない。このままいけば加速圧で機体が分解するか、肉体が参るかのどちらかだ。


『隊長、今、どこにいるんですか?』

「ウィレの真上だ。たぶん、南半球から北へと飛んでいる」

『高度を落とすと大気圏に――いや、待ってください』


 キルギバートが顔を上げた。クロスは何か考えている。そして、こういう時の彼の考えやひらめきが有益であることを知っていた。


「どうした?」

『隊長、高度を落としてください』

『マジで言ってんのか!? 落ちたら燃え尽きちまうぞ!』

『上手く行けば、ついてきた敵を落とせます』


 ブラッドとクロスの問答の間にも、キルギバートに選択の余地はなくなってきていた。頷いて操縦桿を握り締める。


「どれくらい落とせばいい?」

『一度四十五度で上昇し、惑星に対して角度を下方十五度に軌道修正してください』

「わかった。そっちからモニターできるか?」

『了解です。すぐにいきますよ』


 了解を伝え、キルギバートは上昇に転じた。やはり、ブラケラド・アーミーはぴったりとついてくる。


『秒読み入ります。三、二、一――』


 キルギバートは操縦桿を押し倒した。機体が下方へと降下に転じる。


『今です、再加速を!』

「ぐ、う――っ!」


 機体がウィレの青い海に向かって急降下する。装甲がガタガタと軋みながら吼え声をあげ、コクピット内の計器がけたたましい警報音をあげた。このままでは、機体は空中分解する――。


 瞬間、機体が跳ねるように"上昇した"。


「う、おっ!?」

『やった!!』クロスの声が聴こえた。


 ウィレの青い海が遠ざかり、目視で水平線を確認できるまでに高度が上がっていく。そうして、機体は急減速し、その足元を五つの機影が通り過ぎていく。訳も分からず、キルギバートは敵機の背後を取った。だが、その背中も急激に遠ざかっていく。


「なん、だ、何が起きた?」

『――"水切り機動"ですよ』


 クロスの言葉に、キルギバートは首を傾げた。


「なんだ、それは?」

『大気圏にごく浅い角度で突入すると、大気層に衝突して跳ね返されるんです』

『それじゃ、今のがそれかよ?』

『隊長は跳ね返されて元の軌道に押し戻されたってことですね。でも――』


 足元で五つの火球が生まれた。それが炎の尾を引いて夜半球へと突入していく。


『敵は追っかけたまま、深い角度で突入しましたから、もう逃げられませんね』


 文字通り流星となってウィレへと帰っていくブラケラド・アーミーは真空の宇宙で断末魔をあげることも叶わずに爆発四散した。


「助かった。……が、怖い奴だよ、お前は」

『物知りと言ってくださいよ、いつもどおり』


 クロスとブラッドと編隊を取り直す頃には、戦闘の爆発光は収まり始めていた。ウィレ軍艦艇は既に組織的な攻撃力を失いかけていた。攻勢に必要な突破力を阻まれ、限界点が来たのだ。

 やがて、グレーデンから通信が入った。


『全部隊へ。敵艦隊の大半は撃滅した。敵残存戦力も第一機動戦隊が駆逐しつつある』


 ブラッドが拳を打ち鳴らした。周囲の搭乗員の歓声が上がる。


『諸君、我々の勝利だ。モルト軍機動戦隊は、衛星軌道上を再制圧したぞ』


 第一次軌道上攻防戦。後に"大いなる前哨戦"と呼ばれる戦いは、モルト軍の勝利によって区切りを迎えた。

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