第25話 新たな作戦

 モルト軍機動戦隊の前に衛星軌道上のウィレ宇宙艦隊が壊滅した報せはほどなくして惑星ウィレ、モルトをはじめとする全宇宙を駆け巡った。ウィレは再び頭上を押さえられ、宇宙の戦いは序盤から膠着状態に陥ることになる――。


「――ことを防ぐためには、工夫が必要なようですねぇ」


 ヤコフ・ドンプソンは顎元を撫でながら呟いた。公都シュトラウス中枢の最高司令部には、ウィレ軍首脳陣が揃っている。彼らは立体映像で浮かび上がる宇宙図を見ていた。ウィレ星系の大半がモルトの勢力圏を示す赤色に染まっている。その中で、青く光っているのは惑星ウィレだけだ。


「先遣部隊が敗れたとはいえウィレ宇宙艦隊の主力は健在です。とはいえ、力攻めすれば今回のように橋頭保の設置は難しいでしょうし」


 敗北を受けても、ヤコフ・ドンプソンは焦っていない。とはいえ、楽観視もしていない。アーレルスマイヤーは腕を組んだまま険しい表情でいる。


「しかし、衛星軌道を押さえたモルトは人工衛星の再制圧に乗り出すだろう。宇宙と繋がる目を失えば攻勢は至難の業になるぞ」


 アーレルスマイヤーの声音は重たいが、実際にモルトに押し込まれた経験をしている以上悲観論ではない。それはヤコフ初め、総司令部の幕僚たちも把握している。


「宇宙へ出られなければ、ウィレの反攻は成り立たない」

「であれば、宇宙へ出ることを考えなければいいのでは」


 ヤコフの傍にいた栗色の髪の女性将校が静かに、呟くように言った。


「シェラーシカ大佐?」


 アーレルスマイヤーが振り返る。シェラーシカは宇宙図を見ながらさらに声を落とした。


「……いえ、宇宙へ出なければ、というのは言い過ぎでした」

「だが、似たような考えではあると」


 ヤコフが追究する。シェラーシカは隠さず、正直に頷いた。


「宇宙での戦いにおいて、モルトより優位に立つことは難しいでしょう。宇宙での活動に関しては彼らの方が二百年分有利です」

「であれば、手をこまねいてモルトに主導権を譲れというのか!」

「それとも、現状をひっくり返す秘密兵器でも""


 周囲にいた他の幕僚たち――無論、シェラーシカよりも年長の将校団で構成されている――が、一回りも年の離れた彼女の言葉に反駁する。最後の指摘は少なからぬ悪意も嗅ぎ取れるが、シェラーシカは眉を動かさずに頷いた。


「――シャトル一機あれば」

「なに?」

「モルトが強いなら弱らせればいいのです。彼らが音を上げる、もっとも効果的な政策を」


 戸惑う幕僚たちに対して、ヤコフとアーレルスマイヤーはいち早く意図を見抜いたらしい。彼らの顔色が、僅かに変わった。シェラーシカも言いたいことが伝わったと見たのだろう。宇宙図を指差し、口を開いた。


「モルト・アースヴィッツの裏側に存在する独立自治国家ルディ・アースヴィッツ、人工宇宙国家ヒーシェ、モルト領内各都市の航路を遮断します」


 幕僚団がざわめいた。


「宇宙封鎖か!」

「そのとおりです。それだけでなくルディとヒーシェを取り込みます」


 シェラーシカは一枚目の札を明かした。

 鉄の結束を誇ると言われる宇宙移民国家の分断。


「本当にやれるのか?」

「ルディ・アースヴィッツはノストハウザンのモルト敗北以来、モルトへの物資供給に遅れが出ています。ブロンヴィッツによる支配力が弱まり、モルトへの不満が高まりつつある証拠です。ヒーシェは政局が不安定となり、現政権打倒の動きがあります。新政権首班に目される人物は穏健派の知ウィレ家とのことです。試す価値はあるかと」


 アーレルスマイヤーは宇宙図に向き直った。


「そうしてモルトの国力を弱め、前線を押し上げていけばモルト軍は自ずから瓦解する。というわけか」


 モルト国軍・親衛隊は不仲だ。モルトの政局が不安定になればブロンヴィッツは崩れた足元から沈んでいく。モルトランツで、アーレルスマイヤーはそうした現状を確かに見た。だが、シェラーシカの策は劇薬だ。国であれば別だが、ひとつの惑星を外側から締め上げ、内から崩壊させていくなど、例がない。砲火による決戦よりもよほど苛烈な戦いだ。


「モルトを滅ぼすことになっても、か」

「我々の敵は、ブロンヴィッツです。元帥」


 シェラーシカは躊躇なく答えた。僅かでさえ答える間が空けば、シェラーシカの策を退けるつもりでいたヤコフもその答えに対し「仕方ない、好きにさせてあげましょう」と言わんばかりに肩を竦めた。


「聴かせてくれ」

「まずは宇宙都市、国家の分断を行います」

「どう行う」

「モルトランツ解放でも使いましたが、特殊工作員を送り込みます」

「なるほど。シャトル一機、の例えはそれか。彼らをどう使う」

「世論操作、労働忌避工作、生活経済線の破壊。使える手は、すべて」


 一切の呵責なくシェラーシカは宇宙図を見つめたまま言い切った。それまで彼女を小馬鹿にした様子であった幕僚団の様子が変わった。彼らは彼女を恐れ始めている。絶対の上司であるアーレルスマイヤーを傾注させられる将校など、自分たち以外にいないと思っていた。それが崩れた。


「だが、国家を転覆させるほどの手になるかな」

「そのための戦時外交権です」


 よどみなく、シェラーシカは答えた。


「我が父、シェラーシカ・ユルはルディを調略します。私はヒーシェを」


 そうか、とアーレルスマイヤーは僅かに微笑んだ。


「これは父上と君の筋書きか。汚い手を考えたな」声音に軽蔑はない。ヤコフも「やれやれ」とないに等しい首を竦めた。

「"戦時外交権"ねえ。議会は軍がうまく外交権を使えるとは思ってません。全て明るみになれば、我々は本当に議会の外交権を侵害してのけた大悪党と呼ばれるでしょうな」


 シェラーシカは目深に被った軍帽の下で微笑した。


「それで戦争が終わるなら安いものではありませんか?」


 もはや誰もシェラーシカを嘲笑う事はなかった。


「わかった。賭けてみるとするか」


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