第26話 新しいアーミー

 同日。惑星ウィレ・ティルヴィア公都シュトラウス近郊、ウィレ軍宇宙艦隊発着拠点内・ウィレ・ティルヴィア軍アーミー搭乗員待機所では――。


「衛星軌道の戦い、モルトが勝ったらしい」

「なんだって!?」


 ウィレ軍上層部が切り札をその指に挟んだ頃。現場のウィレ軍将兵たちの下には敗北の報せが飛び込んできたところだった。ノストハウザンの戦い以降、力押しの機運が強まっていたウィレ軍将兵にとって久方ぶりの敗北である。衝撃は大きく、また宇宙へ出るにあたっての不安は一層強まるだろう。


「まー、でもそうなんじゃねえか。宇宙じゃモルトの方が強いんだろ?」


 リック・ロックウェルは驚いたのもつかの間、待機室のソファにどっかりと座り込み、からりとした様子である。傍にいる粗雑――さが最近は少しだけ取れ、代わりに鋭敏さが増した様子のゲラルツ=ディー=ケインが面倒くさそうに端末から目を離さず頷いた。

 報せを持ってきたワイレイは「あんま動じてねえな」と呟いた。


「そりゃぁそうだろ。こいつらもそれなりに修羅場は潜ってる」


 彼らの隊長ことジスト・アーヴィン大尉がいつものくわえ煙草で後ろから顔を出した。


「うわ、くっせぇ。やめろよ煙てぇだろ」

「やかましい。それでどうやって負けたんだ。それなりに兵力では勝ってたはずだろ」

「わからん。が、モルトから増援がきて、先に投入したアーミーも善戦したが敵わなかったらしい」


 ゲラルツのすぐ近くで待機所のテレビモニターを見ていた男女が、ワイレイの方へと顔を向ける。


「アーミー、既に投入されているんですね」


 ファリア・フィアティスの言葉に、ゲラルツは頷いた。


「ブラケラド・アーミーだ。あいつらはラインアット・アーミーの後継機だからな。機密性も高いし、宇宙への転用が効くように造られているらしい」

「オレ、あんまりいい思い出がないんだよなぁ」


 リックがげんなりした様子で呟いた。ファリアの隣にいた青年は少し考え込んでいたが、やがて切り出した。


「あの、ワイレイ中尉」

「なんだよカザト。ワイレイでいいって言ってんだろ」

「じゃあ、ワイレイさん。ブラケラド・アーミーはグラスレーヴェンより遥かに高い性能の機体です。それが宇宙で歯が立たなかったってことですか?」

「わからんな。だが、増援も只者じゃなかったらしい」

「え?」


 ワイレイはそれまでの世間話をする体から、少し声の調子を落とした。


「わかっているのは、複数の部隊が軌道上に出てきたってことだ。うち一部隊は白いグラスレーヴェンだったらしい」

「……なるほどね」


 ファリアが腕を組んだ。他の隊員たちも"白いグラスレーヴェン"で思い当たったらしい。


「オレ、宇宙であれにだけは出会いたくねぇよ……」

「俺もだリック」カザトも暗い表情で肯定した。「宇宙じゃ勝てる気がしないな」

「なんだ、こいつらどうした?」

「その白いグラスレーヴェンな。シレン・ラシンだろう」

「多分な。それが?」

「俺たちはノストハウザン、東大陸南方戦線、北方州戦線でやり合ってる。相当苦しめられた」

「なんでお前ら生きてんの?」


 真顔で静まるワイレイに対して、ゲラルツが少しばかりにやりとして呟いた。


「それだけ俺らが強ぇってことだろ」

「ま、否定できんな。だが、宇宙での戦闘は別だぞ。話によると白いのとは別にアーミーを五機まとめて叩き落とした奴もいたらしいしな」

「五機も? 何をしたらそうなるんだ」


 煙草に軽く前歯を立てるジストに、カザトが口を開いた。


「たぶん、あいつだと思います」

「……ん?」

「そういう真似ができるのは、きっと――」


 ジストは目を眇めた。「キルギバートか」そうして忌々し気に呟く。


「やっぱりノストハウザンで止めを刺しておくべきだったな」

「隊長、でも彼は――」カザトが口を差し挟む。ほとんど抗議に近い声音だった。

「モルトランツの事は終わったことだ、カザト」

「……隊長。カザト君は、戦時協定に従っただけです」

「ファリア、お前もか。結果を見ろ。あいつ一人を助けて何人もの仲間が奴に喰われてる。そうならないよう――二度と生き返らないようにしろ。あの時俺はそう言ったはずだがな」


 反論を継げずに口を閉ざして俯くファリアとカザト。重苦しい沈黙が一時だけ流れる。そんな空気をぶち壊すように、ドアを乱暴に開け放つ音が響いた。


「みんないますかぁ!?」


 徹夜明けで乱れ切ったぼさぼさ髪で、作業着姿の少女が待機所に乱入する。


「エリイちゃん?」

「うっせえぞエリイ」

「アーミーの調整、やっと終わりましたぁ!!」

「なんだと」


 ジストが踵を返して格納庫へと出ていく。ゲラルツとワイレイもその後に続き、入れ替わりに待機所にへたり込むように倒れ込むエリイを、ファリアが抱き留めた。


「お疲れ様エリイちゃん」

「へへへ……、寝台がほしいと思っていたんですけど、ファリア姉さんの方が極上っす」


 ファリアの胸の中にもたれかかっているエリイを、カザトは少しだけうらやましそうに見ていた。無論、リックに見抜かれて肘で小突かれることになった。



――格納庫。


「これは……」


 駆け付けたジストらの前にそびえ立つアーミーは、赤い装甲はそのままに恐るべき変貌を遂げている。


「すごいな」


 ワイレイが感想を漏らすのも無理はなかった。

 寸胴鍋のような腰部は上体がややほっそりとしてくびれが生まれ、その代わりに腰部と脚部の厚みが増している。推進機構の増設によりそうなったのだろう。背部にもこれまでにない三基の推進装置が取り付けられている。流線形のフォルムはより重厚になり、肩に当たる状態の左右には爪のように分厚い突起が横向きに取り付けられていた。新しい武装らしい。


「戦果次第では、こいつが新しい宇宙用アーミーになるってこともあり得るのかよ」


 ゲラルツも呆れたような、感嘆したような険の抜けた声音だ。無理もない。日数にして数週間で、エリイはこの大改造をやってのけたのだ。


「うちにも化け物がいたってことか」


 ジストがおかしそうに口元を吊り上げた。


「仮想訓練で機体の挙動には馴染んでいる」


 実体を持った器がついに出来上がった。


「あとは乗るだけだ」


 遅れて駆け付けたカザト、ファリア、リックも機体を見上げて息を呑む。僅かに禍々しささえ感じる機体に、ジストは手をかざした。


「カザト、ファリア。こいつでグラスレーヴェンを、キルギバートを狩るぞ」


 カザトの脳裏に、銀髪碧眼の青年の顔がよぎった。


――叶うといいな、お前の夢。


 もし宇宙で再び出会うとしたら。それは、敵としてだろう。自分の夢と戦友の前に立ちはだかる高い壁として、きっと現れることになるだろう。躊躇うな、と心の中のもう一人の自分カザトが背後から鞭打った。


「……はい!」


 その時は、力を尽くして戦おう。

 そうして、今度こそこの戦争を終わらせるのだ。


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