第28話 ベルクトハーツ決戦-邀撃の飛鷹-
オルク・ラシンは司令塔を退去し、格納庫に到着すると灰色の搭乗員服に身を包み、革の手袋をはめた。
「兵は逃したか」
オルクに問われた将校は踵を合わせて応じた。
「は。残り二便で撤収は完了します」
「よし。打って出る」
その周囲に集った者がある。ヴィートをはじめとするラシン家近習の面々だった。
「我らもお供いたします」
「ならぬ。お前たちは逃れよ」
「若様は死するおつもりでしょう」
オルクはちらと彼らを見た。全員が階級章を引き抜いていた。
「お前たち――」
「主人を死なせて近習だけが生き残る道はありますまい。まだ優秀な者が本国にもいます。我らは若様と共に歩んだ半生、どうせ生き飽きるならばここが良い」
「馬鹿者どもめ」
オルクはきつい口調で言った。だが、それ以上彼らを止めはしなかった。
「勝手にせよ。私の周りで戦うことは許さぬ。シレンを、次期当主を守れ」
「御意。しからば」
近習が四方に散って行く。その背後から暗黄色の搭乗員服を着た青年が現れた。
「お互い死に装束だな、兄上」
「ライヴェ。よいのか」
「ああ、いつでも出られる。それよりも、あいつが来ているぞ」
ライヴェが格納庫の出入り口を指し示すと、そこには銀髪碧眼の青年が立っていた。
「キルギバート大尉か」
「次のシャトルで、あいつを西大陸へ帰すよ」
「ああ。だが、その前に頼みごとをしないとな」
「わかってるさ」
ふたりはキルギバートを差し招いた。
「キルギバート。両手を出せ」
「はっ? ……はい」
キルギバートが両手を出す。そこに、オルクとライヴェは持っていた何かを押し付けた。押し頂くようにして引き取ったキルギバートが目を見開く。そこには二振りの短剣が鞘包みで乗っていた。
「父上に、渡してくれ」
無言だったキルギバートの表情が歪んだ。
「大佐、やはり私も残り――」
「ならん!!」
キルギバートの頬をオルクが打った。
「グレーデン中将との誓いを破らせるつもりか」
「しかし……しかし……!!」
なおも追いすがろうとするキルギバートの肩を、オルクは掴んだ。
「お前は生きよ! 月へ帰り、父上に我らの戦いぶりを伝えよ!」
「兄上の言う通りだ。それに……弟を頼む。お前にしか頼めない」
「オルク、様、ライヴェ、様……」
涙に咽びながらキルギバートは頷いた。
「生きよ、キルギバート。よいな」
「はい……、はい!」
短刀を胸に抱き、キルギバートは嗚咽をこらえて敬礼した。澄んだ目をした兄弟は共に完璧な礼節に則ってキルギバートを送り出した。
駆け去ってゆく背中が格納庫の壁に隔たれ、見えなくなった後。オルクとライヴェは後ろを振り返った。そこに、"灰色鷹"オルク・ラシンと"黄色鷹"ライヴェ・ラシンの愛機があった。
機の足元では整備兵たちが整列し、ふたりを待っていた。彼らの前にオルクとライヴェが立つと、整備兵は一斉に敬礼した。
「諸君、御苦労だった」
「お前たちも早く行け。もう整備は必要ないからな」
整備兵たちは言葉を聴き、なおもその場を動かなかったが、オルクは叱るようにして彼らを下がらせた。これからのモルトにはグラスレーヴェンの整備が能う人材が不可欠になるだろう。彼らを死なせるわけにはいかない。
「じゃっ、兄上」
「ああ、行こう」
二人は分かれ、まっしぐらに、それぞれの機体へ乗り込んだ。モーターが焼ける臭気も、整備用のオイルのにおいも全てが心地よかった。ジャンツェンのコクピットハッチが閉じられる。
かくして死に装束は完成した。
「長兄上、次兄上」
すぐさま通信が入る。シレンからだ。
「シレン、待たせたな。お前は西を守れ、北と南は私とライヴェでやる」
「東は?」
「そちらは捨てる。この上は、撤退作戦を完遂させることのみ考える」
「承知!」
ジャンツェンの飛行ユニットが展開され、まるで鷹のように翼を広げる。四枚対となった主翼と、背部のブースターにより機体が浮き上がった。整備兵たちが何度も帽子を振っている。オルクはコクピットから敬礼を返した。
「オルク・ラシン、出撃する」
「ライヴェ・ラシン。出るぞ!」
その空に、閃光が走り、白煙の尾が引かれる。ウィレ・ティルヴィア軍の砲火が空へと伸びる中、光は悠然と高空を目指して駆け上がる。脱出用のシャトルがまた一つ宇宙へと上がっていく。
「行ったか、キルギバート」
「兄上、あとひとつだ!!」
「よし……」
オルク機が長刀を抜いた。
「ウィレ・ティルヴィア軍の将兵よ、参り候え」
決戦の戦端は開かれた。
ベルクトハーツの大空に、灰、黄、白の鋼鉄の騎士が舞い、その後を白備えのグラスレーヴェンが続く。二十機に満たぬモルト軍機動部隊がベルクトハーツ宇宙港の外郭へと飛び出した時、ラインアット・アーミーの搭乗員たちは色めき立った。宇宙港への一番乗り競争の最中、敵の指揮官が自ら出てきたのだ。
『ラシンだ!! ラシン家の三兄弟!!』
『撃て、仕留めれば昇進の上、勲章ものだぞ!!』
黄金とさえ言える、高価な戦土産を得ようと、ラインアット・アーミー隊は次々にラシン隊へと襲い掛かった。ウィレ・ティルヴィア軍の物量でいえば、これほど少数の部隊など一押しで捻り潰せるはずだ。
だが、違った。ウィレ軍の兵士たちが相手にしていたのは、モルト軍において最高の技量を持つ戦士たちだ。色めき、挟撃に発った灰色のアーミー二機が突如として動きを止めた。
「おうさ。昇進の上、勲章もの……それは間違いないだろうな」
ライヴェ・ラシンは機の両手でヴェルティアを持ち、右の敵の首を断ち、左の刃でコクピットを貫いていた。
「重畳至極。これで二階級特進だ。勲章ももらえるぞ」
「ライヴェ。敵はすでに勝ったつもりのようだな」
「そうみたいだし、間違ってはいない。それでもタダで譲ってやる道理はないがな」
オルクの方も既に三機のアーミーを仕留めている。背部から胸部へ突き通した刃が地面まで喰いこみ、そこからだくだくとオイルの血だまりが広がっている。
『ば、化け物だ……!! 退け、退け!!』
たった二機のジャンツェンによってアーミー一個小隊が瞬時に鏖殺されたのを見たウィレ兵たちは恐慌状態に陥った。慌てて距離を取る怪物たちを前に、刃を背負った兄弟鷹は悠々と翼を並べ、飛び去っていった。
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