第24話 炎の際に迫る影
ホーホゼは再び業火の中に突き落とされた。火炎の中へと乗り入れるグラスレーヴェン部隊は一帯に展開したウィレ軍部隊を突き崩して蹴散らす。その隙にキルギバートはカザトを弾き飛ばした。
――潮時だな。
キルギバートは見切りをつけた。
これほどの乱戦で、モルト軍主力部隊とウィレ・ティルヴィア軍前線部隊がぶつかり合った今、戦場のど真ん中で鍔迫り合いを続けるべきではない。彼らを弾き飛ばすや、モルト軍の新手の中へと駆け込んだ。
「待て!」カザトがキルギバートの背へと叫んだ。
「勝負は預ける!」
カザトは機を停止させた。臍のあたりを握りしめる。またも勝てなかった。自分たちがどれほど経験を積もうとも、あの男はそれを上回る技量でラインアット隊の猛攻を跳ねのけた。認めなければならない。完敗だ。
彼我の実力を認識するとともに、急激に血の気が収まり、頭が冷えていく。
「カザト君――」
乱軍の中、ファリアが追いついた。グラスレーヴェンを一機、その長砲身ですれ違いざまに射抜いている。
「大丈夫です。ファリアさん。彼とはまた出会うはず。それよりも――」
「ああ、それよりもやる事がある」
ジストもそこに加わった。装甲は全身傷だらけになっている。残る2機と激しくやり合ったらしい。
「隊長。無事だったんですね」
「阿呆。お前が熱くなってる間に、こっちも苦労したんだよ。ま、他人の事は言えねえけどな」
伴っているゲラルツの方は未だに逃した二機を追い求めている様子だ。
「あのクソ野郎、いつか絶対殺してやる」
「心配しなくてもあの化け物と出会ったらやり合うことになるって」
リックの機体は頭部が歪んでいる。派手に叩かれたらしい。揃いも揃って、隊の全員が満身創痍だ。
「今回も傷だらけですね」
落ち込んだように呟くカザトに、ジストは肩を竦めた。
「ああ。それでも生きている。それよりも、戦線を守るぞ。戦線を穿つ者が、味方の戦線をボロカスにしたとあっては立つ瀬がねえ」
カザトは頷いた。ファリアが長砲身を掲げ、壊乱した戦線へと向き直る。
「周辺の味方と合流して――」
その時だった。空が赤く光った。
「まさか――」
その光はラインアット隊の集った地点へと叩き付けるように降り注いだ。
閃光は赤く染まり、爆轟は地上から火柱を吹き上げ、さらに地表を舐めるようにして焼き尽くした。数百の落雷をひとつに束ねたような轟音が響き、その音はウィレ側からモルト側へと退避したキルギバートらの下にも届いた。
「な、に!?」
轟音は暴力的な衝撃波に姿を変えて、そのままモルト軍側の戦線にまで到達した。キルギバートらのアーミーは首を竦め、そのまま爆風によって引きずり倒される。
『またアレですか、こんなところで!』
『衛星の連中、何やってやがる……! カウス、カウスは無事か!?』
『車両が横転して……! 脱出します!』
部下の安否を確かめたキルギバートは戦線へと振り返った。赤い光の柱が地上から反射するように立ち上り、空半ばで霧散するように消えている。間違いなく、あれはノストハウザンで見た"神の剣"だ。
「出力を抑えて撃ったのか……?」
思わずキルギバートは呟いていた。あれの威力は誰よりも知っている。今回の発射が大したものでないことに、キルギバートは気付いていた。
「ブロンヴィッツ元首の差配だろう」
キルギバートの背後から、声が届いた。それに向かって振り向くと、そこには黒いグラスレーヴェンが一機、長剣を携えて佇んでいた。
「グレーデン、閣下……」
「ようやく見つけ出した。待たせてすまなかったな。大尉」
「閣下……!」
声を詰まらせるキルギバートに対して、グレーデンは通信を開いた。
「顔を見せてくれ」
キルギバートは通信画面を開いた。互いの顔が明らかになり、ノストハウザン以来離れ離れとなった上官の顔を見たキルギバートはこらえられずに嗚咽を漏らした。
「よく生還した。キルギバート大尉、それにヘッシュ、ラジスタ、リンディもだ」
「将軍も、よくご無事で……」
部下を代表してクロスが頭を下げた。顔は見えなかったが、その肩は僅かに震えていた。袖で涙を拭ったキルギバートは操縦桿を握りしめ直した。
「閣下。まだ敵は多く残っています。このまま一気に――」
「わかっている。ホーホゼから敵を駆逐する。西大陸は敵の手に渡さん」
グレーデンは号令を発した。先鋒にあり、爆風をやり過ごしたグラスレーヴェン部隊が炎の中へと乗り入れていく。為す術もなく、ウィレ・ティルヴィア軍のアーミー部隊は突き崩される――はずだった。
突如レーダーから先鋒にあったはずのグラスレーヴェン部隊が消失した。
「なに……?」
「消えた!?」
グレーデンとキルギバートは炎に揺らぐ戦場へと目を移した。赤い輝きに照らし出された戦場は、光の及ばぬところは全て黒く塗りつぶされている。
そこに火の粉のような赤い輝きがちらついた。
「あれは……なんだ?」
その赤へとグラスレーヴェン隊が吸い込まれるように突撃する。数瞬おいて、遠くで桃色に似た閃光――グラスレーヴェンと搭乗者の命が終わる輝き――が走り、僅かに戦場の影が照らし出された。
キルギバートは絶望した。
「閣下」
「……わかっている」
戦場の影に見えた、その黒はすべて、黒く塗りつぶされたアーミーの戦列だった。
レーダーに映らず、肉眼でも捉えられぬ夜の闇に紛れ、すでにモルト軍のすぐ近くまで迫っている。
「ウィレ軍の新手だ。皆備えよ」
この夜、ウィレ・ティルヴィア軍は全ての戦場に"黒のアーミー"を投入した。
グレーデンは知らない。
後世の歴史において、このホーホゼ夜戦はノストハウザンに並ぶ重要な戦いとして記録されるということを。
キルギバートは知らない。
ウィレ・ティルヴィア軍の機動兵器の歴史が始まった戦場こそ、この夜戦であり、戦場に現れた、この黒き怪物こそ、後の歴史に名を刻む"真のアーミー"となることを。そして、ここからウィレ・ティルヴィア軍の機動兵器の歴史が、本当に始まることを。
そして炎に倒れ伏したカザトらラインアット隊も、このことを、知らない。
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