第25話 黒のアーミー


 黒い影はほんの数瞬で距離を詰めてきた。

 押し迫る黒い怪物とキルギバートは対峙した。


「黒のアーミー、だと……。こいつは――」


 キルギバートは回転鋸を取った。クロスもブラッドも同じようにして武器を構えている。目の前のそれは黒く染まったアーミー。その装甲は怪物らしい錆のあるものではなく、かがみのように磨き上げられて光沢を帯びている。それだけならばよかった。だが――。


「――別物だな」


 頭部はより扁平で、後ろに長く反り返っている。肩口は横に長く、手足もずんぐりとした旧型よりやや長く、人と節足動物の中間のような姿だ。


『相変わらず、凶悪な見た目だ』

『倒すのに情が沸かなくてちょうどいいや。やるぞ』


 ここまで生き残ったグラスレーヴェンたちが前面へと押し出す。それに合わせるようにして、炎を吹き払うようにして黒い影が押し寄せた。戦列は押し寄せる波のようにホーホゼの地面を舐め尽くす。


「来る」


 キルギバートは回転鋸を抜いた。黒い機体はそれに、敵意と殺意を感じ取ったのだろう。身を低くし、唸り声のような駆動音を立てて戦闘態勢に入った。こちらへと差し延ばしている腕部の先に、ラインアット・アーミーと同じ掌がある。その掌は、影のように真っ暗な腰部へと伸び、そして巨大な工具を取り出した。


「――!!」


 それはだった。鋼鉄製の外殻に覆われた長砲身が、四角形の銃把のようなものでゴテゴテと覆われている。だが、そこにキルギバートは驚愕していない。


 銃身の下から半月型に、幾百もの返し刃が煌めくあの凶刃が覗いていた。


「銃剣型、か!?」


 その刃が銃身の中で回転し、せり出した。キルギバートも機に残った片手で回転鋸を引き抜き、打ち合うべく刃を振るった。


 一合。その瞬間、キルギバートの振り上げた回転鋸は呆気なく砕け散った。


「な、に――」


 黒いアーミーの刃はあまりにも呆気なく鋼を砕き、鉄を裂き、そして残る手を断ち割ろうと勢いのままに滑り降りる。キルギバートは機体を全速で後退させた。これで間合いは取れる。


「――!?」


 そこに、刃の上に据え付けられた砲口が据えられていた。黒々とした砲門に火がついた瞬間――。

 バガン、と凄まじい衝撃がコクピットを襲った。目の前に火花が散り、視界が明滅した。衝撃でコクピットに顔面を打ち付けたらしい。


「がふっ」


 キルギバートの駆るアーミーは仰向けに横転した。直撃弾を受けた機体は脇からあばらにかけて装甲がざっくりと抉り取られ、その人工筋肉や鋼の装甲がめくれ上がって血代わりのオイルを撒き散らしている。グラスレーヴェンの機関砲は無論、その擲弾でさえ傷つけられないラインアット・アーミーの装甲がザクロを手でもぐかのように抉り取られていた。


「く、そ――」


 起き上がろうと機の操縦桿を握りながら、キルギバートは確信した。このアーミーは今までの兵器とはまるで違う。装甲や機動力の差を量るより前に、その武装と火力が違い過ぎる。


 こいつは怪物どころではない。

 捕食者プレデターだ。あらゆる兵器を破壊し、食らい尽くすための。


 そこに黒いアーミーが乗しかかってくる。刃をさかしまにして、喉首にあるコクピットを攪拌、粉砕しようと狙いを定めている。


――殺される。


 その刃が、低い唸りをたてて回った。

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