第六章 英雄少年と守護聖女 -地上戦最終章-

第1話 再会:英雄少年と猛き獅子

『アーヴィン。そしてクソガキども、突入作戦はナシだ』


『そのまま待機していな。玄関はじき開く』


 大陸歴2718年12月30日午後。

 モルトランツ南口幹線道路。


 カザト・カートバージ、そして"ラインアット"の隊員たちは深紅のアーミーを駆って澄んだ冬空の下を進み、モルトランツ市街地に入る幹線道路の南口……旧市庁舎にして現モルト軍最高司令部まで8カンメルの地点に到着した。


「……どういう、ことだ?」


 カザトの言葉に答える者はいない。ジストでさえ虚を突かれたような面持ちだし、ファリアにリックも固い面持ちをしている。ゲラルツは目を閉じ、ただ静かに状況が動くのを待っている様子だった。


 北では砲声が轟いている。北方州軍から成る主力軍と、シレン・ヴァンデ・ラシン率いるモルト軍の機動部隊が激突しているらしかった。


 ほどなくして、事態が動いた。

 ファリアが固い声で告げる。


「隊長。カザト君、みんな。索敵反応です」

「敵か?」


 ジストの問いに、ファリアは耳を澄ませつつ頷いた。隊の中では最も鋭敏な索敵力を持つ彼女の言葉であれば間違いはない。皆が身構える。


「……間違いない。グラスレーヴェンです」

「こっちでも音を拾った。カザト、リック、ゲラルツ、お前らはどうだ」


 カザトは集音器の反応に耳を傾けた。


「……!」


 ゆっくりと、重々しい鋼鉄の響きが地面を揺るがしながら近づいている。


「交戦準備を……!」

『その必要はない』


 身構えるカザトに告げたのはアン・ポーピンズだった。


『奴らは、味方だ』

「……味方? な、にを?」

『くっ喋らず備えな! 時間がないんだ!』


 怒声を放ったアンに思わず気圧されるカザトに対して、相変わらずのくわえ煙草でジストが口を開いた。


「バ……、いや。ポーピンズ中佐。何をそんなに焦ってる」

『それもすぐに話す。だが状況への対処が先だ。アーヴィン、手綱を締めておきな』

「……まさか?」

『こっから先、今以上の鉄火場が待ってるってことさ。今のアンタに教えられるのはそれだけだ』


 ジストはその言葉にすぐ反応した。吹かしていた煙草を携行灰皿へ放り込むと、歩兵指揮官時代から練り上げられた太い声で号令をかけた。


「陣形! 前衛カザト。後衛にファリア、右翼リック、左翼ゲラルツ」

「グラスレーヴェン、機数、三! 来ます!」


 ファリアが長砲身を構える。その彼女を、機体の腕で制したのはゲラルツだった。


「待てよ、ファリアの姐さん」

「え……?」

「迎え撃つ敵ってのは、駆け足で来るもんだろ。足音聴いてみろ」


 皆が南口から響く足音に傾注する。鋼鉄の鉄踵が振り下ろされる、グラスレーヴェンの足音。その歩調はゆっくりとしていて規則正しいものだった。


「……!」


 そうして、黒銀の機体が三機、市街の建造物の陰から姿を現した。

 グラスレーヴェンの手には火器が握られ、その腰には長剣を提げている。だが、その切っ先も砲口もカザトたちには向けていない。


「まさか!?」


 真っ先に気付いたのは、やはりカザトだった。そして、その刹那に一機のグラスレーヴェンが進み出て、その胸部にあるハッチが開放された。中から現れたのは、鉄面兜のようなヘルメットを被り、装甲服に身を包んだモルト軍の将校だった。


「そんな……」ファリアが呟くように。

「おいおい……」リックが呻くように。

「そうだろうな」ゲラルツが唸る様に。


 そしてジストがぼやくように言った。


「ウルウェ・ウォルト・キルギバート大尉で間違いないか」

『――そうだ』


 ハッチに足を掛けたモルト軍将校はヘルメットに両手をかけ、そのまま脱ぎ上げた。


「キルギバート……!!」


 カザトも思わずハッチを開放した。そのままコクピットの縁に掴まりながら、身を乗り出して己の宿敵の姿を見た。


 キルギバートは冬の陽を真上に受け、その銀髪はくすんだ光を放っていた。そして、遠目に見ても青い輝きを湛える瞳がカザトをまっすぐ捉えていた。カザトは射抜かれたようにしてキルギバートと見つめ合った。


 やがて、口を開いたのはキルギバートの方だった。


「グレーデン閣下の命により、貴官らをモルトランツ総司令部へ誘導する」

「どういうことだよ!? オレたちはこれから、お前たちを攻めるはずだったんだぜ!?」


 喚くように言ったのはリックだった。

 およそ状況が整理できず、一杯々々となっているのだろう。


「そうじゃねぇかと思ったんだ」


 ゲラルツが吐き捨てるように言った。


「状況がベルクトハーツに似てやがる」

「そういうことなのね。あの時の一時休戦……」


 ファリアも状況を理解したようだった。そして、口元をそっと手で押さえた。もしかすると、あの時以上に事態は途方もない方向へ進むのかもしれない。


「――ともあれ、モルトランツへの一番乗りはいただいた」


 ジストは渋い顔を崩さず、再びキルギバートの方へと顔を向けた。


「キルギバート大尉。グレーデン大将の申し出に相違はないのか」

「……ない。故に、機動戦隊長の俺が出向いた。信じねばここで一戦あるのみだ」

「いいや、やめておこう。どうやらデカイ波が起こっているらしい。互いに時間を無駄にすることはない」


 キルギバートはジスト機を睨みつけていたが、やがて目を伏せた。


「ついて来い」

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