第42話 共同戦線

 モルトランツのモルト軍総司令部には重い沈黙が満ちていた。


「報告します。核発射施設は制圧し、八つの核兵器のうち、七つは接収できました。しかし――」


 戦塵にまみれたリッツェが疲労困憊しながら報告に訪れた時、司令部の空気は沈痛さを増した。


「親衛隊が細工もせず、この惑星を離れることはない。そうだな、リッツェ中尉」

「その通りです。グレーデン閣下。……核は、七つとも解除不可能な状態です」

「どういうことだ?」


 ケッヘルの問いにリッツェが首を横に振った。


「弾頭外殻を外せば瞬時に起爆するよう細工がされています」

「なんだと……」


 グレーデンはゆっくりと司令席を回り、それからゆっくりと腰を下ろした。歩き回る間に、彼の思考はある程度のまとまりを得て結論に達している。


「鍵はただ一つ。……奴らが持ち去り、宇宙に上がった核融合弾だ」


 上官グレーデンの言葉に、鋭敏な頭脳を持つ副官ケッヘルも答えを導き出したらしい。


「まさか、奴らは――」

「……間違いあるまい」


 グレーデンは目を閉じ、腕を組んで数秒そうしていたが、やがてゆっくりと腕組みを解いた。それから軍帽の庇を下げて深く被り直すと傍らの副官に振り向いた。


「ケッヘル。キルギバート大尉を呼んでくれ」

「閣下、どうなさるおつもりです」

「連中が禁じ手を使う以上、こちらも相応の札を切るしかあるまい」

「この状況でどのような札を切るというのです。我らは敵軍の包囲下に――」


 ケッヘルの語気が徐々に鈍化していく。気付いた様子の彼に、グレーデンは僅かに口元を微笑させた。


「であれば、取る方法はただ一つだ」

「……なりません。閣下。それだけはなりません」


 詰め寄るケッヘルの様子に気付いた司令部の面子、そしてリッツェがグレーデンを見た。彼らの視線の先にあるグレーデンは椅子からゆっくりと立ち上がり、それから肩にかけた階級章を引き千切った。


「閣下!」

「すまんな、ケッヘル。だが、今なら私にもわかるのだ。オルク・ラシン、ライヴェ・ラシンの気持ちが。誰よりも気高い男であり、誰よりもモルト軍人であった彼らが命と引き換えにしてまで決意しなければならなかった、その気持ちがな」

「なりません……!!」


 ケッヘルは蒼白な顔をしてグレーデンの肩を掴んだ。


「なりません閣下! ヨハネス・クラウス・グレーデンの名は忠義そのものとして人々に記憶されるべきです。閣下の名はモルト軍を支える柱石そのものなのです。そのような事をすれば、閣下の軍歴は、終わってしまうのです」


 その顔は首筋に至るまで強張っている。表情一つ崩さぬ冷徹な副官がここにきて、必死の形相で上官を止めようとしていた。


「閣下を失えば、モルト軍は本当の意味で失われます」

「そうではない。そうではないのだ、ケッヘル」


 グレーデンは微笑み、頷いた。


「ゲオルク・ラシンがローゼンシュヴァイクの意志を継いだように、私はゲオルク・ラシンの志を継いだに過ぎん。モルトを支える者の、さらにその志を継ぐ者がいる限り、モルト軍は決して滅びはしない」

「志を継ぐ者……」

「私にとって、君が、キルギバート大尉が、そしてここにいる者達すべてがそうだ」


 息を呑む兵士たちの前でグレーデンは手に取っていた大将の階級章を床に落とした。金属が立てる甲高い音が司令部に反響する。その音も止まぬうちに、グレーデンは告げた。


「全ての咎は私が負う。ウィレ・ティルヴィア軍に告げよう。このモルトランツを明け渡す。その前段として――。核の起爆を阻止する」


 静まり返る司令部の中で、ケッヘルの腕が力なく垂れた。


「すまんな、ケッヘル」

「閣下」


 グレーデンは副官の軍帽を目深に被り直してやった。室内に雨が降ったかのように、何かの滴が落ちた。


「さあ、大尉を呼んでくれ。最後の作戦会議だ。面白い事になるだろう。それともまた、大尉の心を削ってしまう事になるのだろうかな」




              ☆☆☆



「――頃はよし。あのガキ共も配置についたことだろうさ」

「中佐。これで本当によろしかったので?」

「よろしいもあるかい……。モルト軍の内部分裂なんて特級の情報を活かさない手がどこにある?」

「その事ですが、中佐。今回の情報は"あの方"からではないでしょう」

「よく気付いたね、ヒューズ。そのとおりさ。知っていれば、お嬢様が直々に乗り込んできただろうよ」

「まさか、とは思いますが。ノストハウザンの――」

「そうさ。その通りだよ」

「中佐、あのカラスたちは……」

「無論気を許しているわけじゃない。だが頼るに足る相手だ。高くつくだろうがね」


 指にかけた煙草をにじり潰したアン・ポーピンズは、陰る青空に煙の線を吹きかけた。間もなく午後になる。夜ともなれば夜戦慣れしたグレーデンを相手にする羽目になるし、何よりも戦いが長引けば敵軍が何をしてくるかもわからない。


「さ、厄介になる前に終わらせるとしようか。まずは北方州軍がラシンのぼんぼんとやり合ううちに市内へ――」


 その時だった。

 アンの背後に控えていたロペスが、報告に訪れた将校の囁きを屈んで受ける。

 その瞳が大きく見開かれ、息が呑まれ。気配を感じたアンが振り向いた。アン・ポーピンズの副官は驚愕の表情を崩せないままに口を開いた。


「モルトランツ司令官、ヨハネス・クラウス・グレーデンより入電です」

「……言いな」

「我に用意あり。"降伏作戦"のため――」


 続くロペスの言葉が、その後のウィレ・ティルヴィアの運命を変える一言となる。


「ウィレ・ティルヴィア軍との共同戦線を望む」





               第五章 英雄少年と傷だらけの獅子 -地上戦完結編-

                                    了


 

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