第41話 狂った絵図

 クロス、ブラッドらの叫びが静寂の地下に響いた。彼らの目の前。煙幕の中で組み合った人影が見えた。手前にいるのが自分たちの隊長で、その後ろ姿だと気付くまでに数瞬。


 その刹那の間に、全てが終わった。


 地面に赤い滴が落ちた。それは一滴、二滴と数を増し、やがて小川のような水流をつくりあげた。


「勝負あったな」


 鋭剣はキルギバートの手にあった。それが兵士の腹を背中まで刺し貫いている。

 兵士は崩れ落ちた。キルギバートはその顔面を覆うヘルメットとマスクを外してやった。青い瞳のモルト人の顔がそこにあった。


 キルギバートは傍に片膝を着いた。


「何故、こんなことをした」

「我々が、親衛隊だからだ。元首閣下、国家、任務への忠誠が全てに優先する。それが我々だからだ」


 血にむせながら答える兵士の顔は真っ青だった。もう助からない。


「モルト人同士だぞ。それを――」

「相手が誰であろうと、関係ない。我々は国家元首、己の上官、そしてこの任務に忠誠を尽くすと誓ったのだ。死しても、それを全うする」

「そんな人間が何故、ウィレ兵士の恰好など――」

「どうせ虐殺者の汚名を着るくらいならば、モルトランツを焼き払う行いの全てを、ウィレに着せようと、シュレーダー長官はそうお考えになった。だが、折が悪かったな。あと一歩、核弾頭に辿り着くだけだったのだが」

「俺たちが来たことで目論見は狂った」

「いや、最初からうまく行きっこなかったのかもしれん。素直に核弾頭の発射装置を、躊躇いなく押していさえすれば、無駄な時間を費やさずに済んだものを――」

「俺たちは軍人だ。ただの殺人者では、ないよ」

「そう生きたかったものだ、な」


 兵士は血を吐いた。末期の痙攣が彼を襲った。


「貴様らは、この大尉に降れ。事は終わった」

「ひとつだけ言っておく。……お前の剣は、見事だったよ」

「――ふ、武卿に褒められるとは」

「お前、知っていて――」

「光栄、至極――」


 兵士の息が絶えた。力なく地面に投げ出されたその手をキルギバートは組んでやった。残る兵士たちにとって、この死者が指揮官だったのだろう。彼らは次々に銃を投げ出し、降伏した。


「終わったな」


 ブラッドがしげしげと死体を見つめながら呟いた。


「いいや、まだだ。まだ終わっていない」

「そう、ですね。行きましょう」



 彼らの前で、親衛隊員らが最後の扉を開いた。その向こうに広がる暗闇へと、キルギバートらは駆け入った。


「これ、は……?」


 キルギバートが足を踏み入れた地下には、何もなかった。ただ薄暗いだけのがらんどうになった発射筒が地上に向けて口を開けている。


「核弾頭は?」


 クロスやブラッドも戸惑いを隠せない様子で周囲を見渡していたが、やがて共に踏み込んだ親衛隊員が膝から崩れ落ちた。


「そうか、そういうことなのか……」

「どういうことだ?」

「俺達は見捨てられた。お前の言った通りだ。無駄死にさせられるはずだった」

「なんだと」

「長官は持ち逃げしたんだよ。お前たちが探しているものをな。俺達は時間稼ぎだったんだ」


 ブラッドとクロスは互いに顔を見合わせていたが、その言葉がただならぬ不吉さを秘めていることを察知したようで、彼らの上官であるキルギバートの方を見た。


 キルギバートの顔面は真っ青だった。恐らく真相を知らない隊員たちの中で、彼だけが真っ先に何かを察したらしい。


「フォーゼン中尉……中尉!!」

「何か、大尉殿」

「今すぐシャトル発射施設へ向かえ。全てのシャトルを止めろ」

「なにか――」

「早くッ!!」


 キルギバートの命令はもはや絶叫に等しかった。フォーゼンはすぐに意を察したようで手元の兵をまとめた。


「動ける兵は全員続け!!」


 軍靴の駆け足の響きが遠ざかるなか、キルギバートはしゃがみこむ親衛隊員の肩を掴んだ。


「消えた弾頭はなんだ。何を積んでいたんだ」

「あれは、ただの核兵器じゃない」

「何なんだ、言えッ!」


 親衛隊員は手で顔を覆った。


「一体何なんだ!」


 親衛隊員の唇が僅かに動き、か細い声が漏れた。

 その刹那、キルギバートは思わずその手を離した。


「そんな、馬鹿な」



 モルトランツ中枢、モルト・アースヴィッツ軍司令部。

 成り行きを見守っていたグレーデンは司令官席から立ち上がった。彼は腕を組んだまま微動だにせず、その場に立ち尽くしていた。


 司令部に設置された大画面に、宇宙へと上がるシャトルが映っている。


「閣下、あれは――」

「ああ。ケッヘル。まずいことになった」


 グレーデンは帽子の庇を下げた。その口元に苦々しい皺が刻まれている。


「閣下。もしや」

「そのとおりだ。我々は捕らえるべき最大の標的を取り逃がした」

「シュレーダー。そして……」

「最終戦争で使われた、究極の破壊兵器を」


 グレーデンの司令官席にあるコンソールがけたたましい電子音を立てた。通信受信を示す電子音と、その通告には【キルギバート】の名前が表示されている。それを見ながら、グレーデンは空を見上げた。


「彼も知ったようだな」

「閣下。シュレーダーはもしや――」

「いや、もはや仮定も推測もなかろう。これではっきりした。親衛隊の目論見がな」


 グレーデンは座席の背もたれに拳を打ち付けた。


「この戦争は奴らにとって、惑星そのものを狙った民族浄化だ。奴らはウィレ・ティルヴィアそのものを、破壊しようとしている」

「馬鹿な、そのようなことをすれば――」

「そうだ。この戦争の意味は失われる」


 ウィレ・ティルヴィアの大地をめぐる一年に及ぶ戦い。その最後の日。

 狂った最終章の一幕が、今まさに降りようとしている。


 続く二幕を業火で彩るべく、狂気の笑みを浮かべた男がシャトルの中でひっそりと笑っている。そして、彼の者の宇宙への帰還を見届けたもう一人の男はブロンヴィッツの傍らで哄笑した。


――ああ我が主。間もなくあの青い星は赤く塗りつぶされることでしょう。


――それでよいのです。いかに美しい青とはいえ、何万、何億年と変わらない色ならば、狂った絵具で染め上げてしまえばよいのです。


――静謐なる宇宙を支配するためには、あの星こそが旧弊なのです。亡ぼすべき物なのです。


――そして貴方は神におなりなさい。グローフス・ブロンヴィッツ。護民官から統治者へ、統治者から絶対の君主。そして神の剣を振るうに相応しい主となるならば、貴方には神の名こそが相応しい。


 この日、宇宙に平等をもたらすはずだった絵図が狂った。


 モルト・アースヴィッツによるウィレ・ティルヴィアとの絶滅戦争が始まった日と。


 後にモルト・アーヴィッツ=ウィレ・ティルヴィア間戦争……通称【モルティル戦争】と呼ばれる戦いは地上戦である"黄昏戦役"の最終日……大陸歴2718年12月30日最後の12時間をもって新たなる戦いへと移行することになる。


 後世の歴史家が一章を割いて記すほどの、宇宙にとって最も長い日。

 モルティル戦争地上戦。その最後の章が今、始まる。



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