第40話 煙中撃剣
その場にいた全員が弾き出るように飛び出すと、濛々たる白煙の中に突撃した。
後から勇気付けられたのか物陰に隠れていたモルト軍の兵士達も飛び出していく。
白煙を破ったキルギバートは鉈剣を振り被る。幅跳びのように大きく足を蹴り、地を踏んで跳躍した。後は白煙の中で闇雲に打ち回る敵兵から叩きのめせばいい。
フォーゼンらの援護射撃も巧みだった。常にキルギバートの前面で散弾が炸裂していく。その火力は"点"でも"線"でもない。彼らは"面"で敵を制圧する術を知っている。
「これこそ擲弾兵だ」
僅か30名あまりの歩兵が、当初は兵数で勝っていた相手を圧倒し始めていた。
キルギバートは立ち止まり、白煙の中で耳を澄ませた。彼が聴き取ろうとしているのは銃声でも味方の声でもない。"敵の声"だ。
「何故だ。何でここに踏み込んでくるんだ? 話が違うじゃないか!」
キルギバートは鉈剣の刃を返した。
「これは……」
知らず牙を剥いた。兵士たちの喋っている言葉に気付いた。
彼らはモルト語を喋っている。生粋のモルト語を。
「お前たちウィレ・ティルヴィアの兵ではないな!」
キルギバートは飛弾を頬先三寸すれすれに受けながら敵を睨みつけていた。
蒼い瞳が慄然と輝いていた。
「撃ち方やめぇ! やめぇ!!」
銃声が止んだ。フォーゼンも耳敏いようで、支援射撃も途絶えると、少しばかりの静寂が地下にもたらされる。聴こえるのは遠くでいまだに続く銃撃戦の音、そして此方の火力だけで蹂躙され、負傷の痛みにすすり泣く何者かの呻き声だけだった。
「お前たちがモルト人であることは既に気付いている」
「……!」
白煙の向こうの空気がざわついた。
「モルトランツを破壊したところで、お前たちはどうなる。置き捨てられ、一緒に街を燃やす炎で焼かれるだけだぞ。故郷を離れ、異郷の惑星で死ぬことがお前たちの望みなのか?」
白煙の中をキルギバートは進む。
「モルト人同士で戦う事はないんだ。軍旗のもとに投降しろ」
キルギバートは白煙を抜けた。銃を構え、それを突き付けた兵士達に、キルギバートは瞳を向けた。
彼らは狼狽えた。目の前にいる銀髪、そして青い瞳の青年が浮かべていた表情を見て、銃の引鉄に指をかける事を忘れた。その顔が余りに哀しげなものだったからだ。
「死に急ぐな」
敵兵たちがたじろぎ始めた。中にはうなだれ、戦意を喪失したように見られる者もいる。これなら、もう戦う事はないだろう。そうして肩の力を抜きかけたキルギバートを、ウィレ軍の装甲服に身を包んだ数名の兵士が取り囲んだ。
「何のつもりだ」
銃を突き付けていた兵士たちは、それを取り落とした。
だが降伏のためではない。彼らは後ろ腰に差した鋭剣を抜くと、にわかにキルギバートに向かって突進した。
キルギバートも鉈剣を抜いて応じた。四方から迫ってくる刃に素早く目を配り、まず後ろから突き込まれた刃を振り向きざまに叩いて払った。
―—囲まれている。埒をあけないと不味い。
右の刃に鉈剣の分厚い峰を乗せる。相手の突きを利用して鍔下まで迫ると、剣を擦りあげるやがら空きになった胴を足で蹴り上げた。
すでに左の刃が迫っている。そちらは上体をそらしてかわし、ついで真正面の刃に合わせようとした。
「――!」
正面の刃が低く潜った。キルギバートの腰下あたりで刃を返し、独特の軌道で斬り上げられた。
逆袈裟だ。
キルギバートも袈裟掛けで応じ、鍔迫り合いとなった。
「やはりお前たち、親衛隊か……!」
"親衛隊の一員は【理想のモルト人】でなくてはならない"。
この言葉は、親衛隊長官であるシュレーダーが己の組織に託した唯一の理念だ。文武に長け、勇敢であり、何よりもモルト人らしさを求められる親衛隊の将校たちは全て国技である剣術を収めていることが義務付けられている。
剣客揃いで知られる親衛隊の中でも、将校の練度は凡百の隊員のそれとは違う。戦争の前から剣に長け、戦場で修羅場を潜ってきたキルギバートと渡り合えているのが何よりの証しだろう。
キルギバートは鉈剣を握る両手を横に払い、鍔迫り合いを崩そうとした。そこへ相手の上段蹴りが飛び、為す術もなく胸板に喰らった。
「ごっ、ふ……!?」
吹き飛ばされ、背中で地面を滑りながらキルギバートは悟った。
銃撃戦ではなく接近戦を彼らが望んだのはこのためだ。硝煙と煙幕の中、銃撃となれば火力で勝るキルギバートの部隊に対し、親衛隊の勝ち目はない。
だが、"静かに殺す"ことができる剣技ならば?
「なぜだ、そこまでして……!」
身体を起こそうと手をついた刹那、先ほど左右から突きかかってきた兵士がすでにキルギバートの頭上から剣を振り被っていた。彼を串刺しにしようと、そのまま剣先を振り下ろす。
「くっ!」
右の剣先を鉈剣で払い、左の剣先はその持ち手を蹴り上げて防ぎ、そのまま跳ねるように起き上がった。すでに右の剣は立ち直っている。そこへキルギバートは合わせ、体当たりで体勢を崩すとその首の根に峰を叩き込んだ。
丸太のように右の兵士が転がる。左の兵士がその隙を突いて襲い掛かってくる。
キルギバートは剣先を沈めた。ちょうど、組手を構えるような低い姿勢から首筋に向かって峰を振り上げた。相手もそれに合わせて首への打撃を防ごうと剣を立てる。
それが狙いだった。
キルギバートは剣を握る諸手のうち、左手を離した。そのまま相手の剣を持つ腕を押さえ込んで、膝蹴りを鳩尾に向けて叩き込んだ。当て身だ。左の兵士ががくがくと折れ崩れる。
これで残るは前の将校だけだ。
キルギバートは脇に構え、相手は下段。
「もうお前だけだぞ。投降しろ」
「……」
それでも構えを崩さない相手に対し、キルギバートは眉根を寄せた。
「聞く気はない、そういうことだな」
じりじりと足で地面をにじりながら近寄っていく。
互いに一足で踏み込める間合いまで近づいた時、背後で足音が高く響いた。
「隊長!」
異常を察知したブラッドやクロスたちが動き出したのだろう。
そこに一瞬、気を取られた。
「かぁッ!!」
それまで無言だった相手が初めて声を放った。すでに地を蹴って飛んでいる。
キルギバートの青い目が見開かれた。合わせるに時間がなく、峰を上げて防いだ。そこへ、相手の鋭剣が正確なまでの垂直を描いて振り下ろされた。
鉈剣の刀身が割れた。
「ッ!?」
モルト剣術の奥伝に剣を折る技がある。今の戦場は不要なものかもしれないが、それを使いこなせるあたり只者ではない。
キルギバートはすぐに剣を立てて防いだ。そこを横に薙がれ、今度こそ鉈剣が折れた。
半ばまで折れた剣を手に、キルギバートは向かい合った。彼はそのまま、折れた鉈剣を鞘の中にしまい込んだ。そのまま膝を僅かに曲げながら、手を柄に掛ける。
抜き打ちの構えだ。モルト剣術において誰もが最初に学ぶ実戦の型だ。
僅かに相手がたじろいだ。奥伝を使う者に対して、初伝で応じると言う風に見えたのだろう。鋭剣を振り上げる動きが僅かに鈍った。キルギバートを真っ二つに斬り落とすべく振り下ろされた剣尖が風切り音を立てた。
そこへキルギバートが片手で抜き打った。半ばで折れた刀身で受け、空いた左手で相手の柄を握りしめた。
「!!」
先に仕掛けたのは兵士の方だった。あえて押さず、鋭剣を持つ腕を引き、キルギバートを崩す。兵士の脇へとキルギバートが吊り込まれ、その首が眼下に伸びた。
首を切れる、そう思ったのだろう。兵士は鋭剣を取り上げるべく腕を引いた。
だが動かなかった。キルギバートの手は兵士の持つ鋭剣の柄を逆手に握りしめたままびくともしない。兵士が焦った。背を断つべく、キルギバートを押して背後に送ろうとした。
キルギバートの右の利き足が大きく後ろに引かれた。兵士がつんのめって横へと崩れる。互いに向かい合う形となった。
ふたつの影が煙のなかでぶつかり合いーー。
「隊長!!」
クロスとブラッドが駆けつけたのは、まさにその刹那だった。
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