第39話 封殺作戦-後編-


 最前線の銃撃戦を横目に流し、キルギバートたちは司令部から八方へ延びる地下要塞の核兵器施設内部へと侵入した。中腰に屈みつつ歩くことでやっと通り抜けられるほどの坑道を通り抜け、そのまま¬型の通路の角まで進むと、一気に道が広く開けた。


「資材搬入口へ出ました。側面はやはり手薄でしたね」


 クロスから告げられたキルギバートは銃の安全装置に指をかけた。


「よし。リッツェ中尉、どこにいる」

「ここに」

「中尉の部隊は敵の背後を突いて片方の発射施設を制圧しろ。俺は奥をやる」

「そちらの方が我々の部隊より少ないですが、大丈夫ですか?」

「時間がない。戦う敵は他にもいる」


 キルギバートはそれ以上何も言わず、搬入口の出入り口へと駆け出した。


「奥の敵は?」


 斥候に出した兵士がキルギバートの脇に控えた。


「障害物を積んで障壁をつくり、鉄扉を閉ざして時間を稼ぐ構えです」

「吹き飛ばして踏み込む。擲弾を使っていい」


 すぐに兵士たちが展開し、横列をつくって銃を構えた。キルギバートが片手を上げる。号令を待つ銃兵の後ろから擲弾筒を持った兵士が列の隙間に入り込んで安全ピンを抜いた。


「障壁の左面に集中して投げ込め。爆発したら銃兵は即座に銃撃しながら前進。障壁右面は破壊せずに残す。掩体(身体を守るバリケードのこと。)に使え」

「敵が先に貼りついたらどうすんだ?」


 ブラッドが鉈剣の柄をびたびたと叩きながら首を傾げた。

 キルギバートはにこりともせずに頷いた。


「それを使って切り込むだけだ。……擲弾用意、撃て!」


 キルギバートの手が振り下ろされた。

 空気が抜けるような間の抜けた発射音がして、地下通路の虚空を擲弾が舞う。緩やかで浅い孤を描きながら飛んだそれは障壁左側の表裏に落ちると大爆発を起こした。


 キルギバートは腕を組んだまま仁王立ちになって爆風を受けた。積み上げた机やら椅子の破片が床を転がって甲高い音を立てたのもつかの間、白煙が地下通路を満たした。


「進め!」


 兵士たちが前進する。キルギバートも銃を握って進む。

 背後で銃声が聴こえた。リッツェの隊が仕掛けたのだとすぐにわかった。


「始まったな。銃兵、すぐに扉を開くぞ」

「大尉、待ってください。扉が――」


 声も終わらぬうちに彼らが制圧すべき鉄扉が開いた。

 その瞬間。轟然と銃声が鳴り響き、兵士たちがばたばたと倒れた。


「右へ、右へ回れ!」


 キルギバートの声に兵士たちが障壁へ走る。


「思い切りのいいこった」ブラッドが言った。

「立てこもると見せかけて打って出る。教科書みたいな不意打ちだな」

「妙ですね」クロスが首を傾げた。

「何が?」

「銃の音がおかしい」


 キルギバートが手を振り上げたまま硬直した。

 だだっ広い空間にそびえ立っているはずの弾道弾がない。いや、それよりもだ。

 発射台の周辺でたむろしているのは親衛隊のはずではないのか。


 弾道弾を守っている兵士たちは、ウィレ・ティルヴィア軍北方州軍の擲弾兵の装甲服を着ていた。


「どういう事だ! なんでウィレ兵がここにいるんだ!?」


 制圧のための兵士たちも、まさかそこにいるのがれっきとした敵軍の服装をした者たちだとは思っていなかったらしい。


「どうするんだ。あっちは装備が統一されている。こっちは寄せ集めだぞ」

「逃亡兵の制圧じゃなかったのか? あまりに分が悪すぎる!」


 兵士たちが浮き足立った。そこへ狙い済ましたかのように一斉射が始まり、銃弾の嵐の中にキルギバートたちは放り込まれた。


「どうすんだよッ!?」

「このままでは、後退を――」


 近くで次々と弾が跳ねる。

 キルギバートは歯噛みして地を踏みにじった。


「大尉、大尉!」


 先ほどの斥候の兵士がキルギバートに向かって叫んだ。


「後ろからも複数やって来ます!」

「挟まれたのか――!」


 キルギバートは肚を決めた。


「退路を塞がれたならば一方を防いで突破するしかない。用意はいいか」


 浮足立つ兵士たちも覚悟を定めたらしい。銃を掲げた彼らと共に、キルギバートは背後の影へと銃を突きつけるべく踵を返そうとした。


 その時だった。


「待て!」


 影からモルト語が飛んだ。


「敵じゃない。撃つな!」

「誰だ!」

「第一機動軍団(グレーデン軍団)所属、第25擲弾兵中隊のヨーン・フォーゼン中尉。同じく裏をかこうとしてたが、見ての通りだ」

「こっちへ来い。銃を上げるな」


 影から現れた男。

 フォーゼンと名乗った黒髪と鼻髭の男は肩を竦めて見せた。


「早く銃を下ろしてもらいたい。見ての通りだ」


 キルギバートは手で兵士たちを制し、銃を下ろすように告げた。

 フォーゼンはキルギバートを見るなり、彼の階級が上だと悟ったらしい。乱弾の最中にあって全く動じることなく、完璧な敬礼を返した。余程弾に慣れ、肝が据わった者でもなければ、こうもならない。


「第二機動戦隊のキルギバートだ」

「噂はかねがね聞いております」

「早速だが中尉。援護してもらえるか」

「行き先は同じです。よろこんでお手伝いさせていただきますよ」


 言うなり、再び弾の雨の中をフォーゼンは駆け出し、すぐに部下を引き連れて戻って来た。兵士たちに顎をしゃくると、何人かが背嚢から鉄の塊を出して組み立て始めた。しばらくしてそれは蓮根のような形をした何かに出来上がった。


「ウィレから分捕った軽迫撃砲モーターです」

「迫撃砲だと? 屋内で打てるのか?」

「弾道が浅いので、頭上10メルもあれば曲射砲として扱えます」

「それを使ってどうする気だ」


 フォーゼンは塹壕から顔を出した。白煙の向こうにあるはずの核兵器施設を、目を細めて睨みながら頷いた。


「目的は制圧でしょう。こいつは中身に細工をしてあるんです」

「どういうことだ?」

「弾が空中で破裂します。中に入っているのは、どこにでもあるパチンコ玉です」

「……散弾か」

「それも死なない程度の。運が悪ければ死にますが、穴だらけになって戦意を失わない敵がいたら見てみたいものです」

「やれるか?」

「やるしかないでしょう。大尉は?」


 キルギバートは鉈刀の鞘を払って応えた。迫撃砲で制圧射撃となれば、その後は近接戦に持ち込んだ方が早いと彼は判断している。


「ここで弾に当たるのを待つよりマシだ」


 乱戦になるのは目に見えている。煙と散弾の跳ねまわる雨の中へ突っ込んだ後が肝心だ。


「議論の余地は無いだろう」


 部下達も一斉に音を立てて銃を抱えなおした。


「ようし野郎ども、キルギバート大尉に続け」


 フォーゼンの号令によって既に発射装置の中に弾は込められている。後は引鉄を引き、発射筒の底に落ちた弾頭が飛び出すだけだ。


「敵の射撃が止んだら突撃する。フォーゼン中尉、やってくれ」

「野郎ども。鉄扉の開いた口に弾を通すぞ。針の穴に拳をぶち込んで通してやれ!」


 フォーゼンが叫ぶ。


「撃て!」


 チン、と金鉢を鉄棒で叩いたような発射音がした。数秒も立たず、それらは爆発音を立て、次にざぁっという音を周囲に響かせた。鉄の雨が漏斗で撒いたように降っているのだろう。そのうち、甲高い悲鳴が上がり始めた。


 キルギバートは障壁に足をかけ、天辺へと登った。

 彼は濛々とした白煙に向かって鉈剣を振り下ろして吼えた。


「今だ、突撃!!」

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