第38話 封殺作戦-前編-

「全部隊へ通達。総司令部を制圧せり。モルトランツ全域は今やグレーデン大将の令下にあり」


 モルトランツ総司令部強襲はグレーデン軍団の圧倒的な軍事力もあり成功。モルト国軍は周章狼狽する親衛隊員の抵抗をいなすと指揮権を奪い返した。事実上の現地軍内部でのクーデターに勝利したグレーデンは、すぐにモルトランツ撤退戦の指揮にかかった。


「難しい作戦だ。ウィレ・ティルヴィア軍を防ぎつつ、味方を宇宙に上げ、民間人の被害を最小限に食い止める」

「しかし、それを選んだのは閣下です」

「そうだなケッヘル。さて、ここから先の話だが――」

「すでに軍団に所属する歩兵部隊をモルトランツ各地に展開中です」


 グレーデンとケッヘルの前に、立体映像が浮かび上がる。

 それはモルトランツ市内に張り巡らされた軍用施設の配置図だった。


「モルトランツを破壊すべく準備された核兵器を無力化する」

「よろしいのですか」

「何がだ?」

「核はウィレ軍への威嚇に使えます」

「構わん。どうせ一日や二日そこらの撤退戦で、威嚇もクソもない。我々は負けているのだ。そこに核を使ったところで、立つ鳥跡を濁すだけのことだ」


 グレーデンは唇の端を捻じ曲げて見せた。


「盛大かつ快く負けてやろうではないか」

「承知しました。であれば、もはや核の処遇については何も進言致しますまい」

「すまんな。それで、核兵器施設のあたりはつけているのか」

「我らが軍団にも情報部はありますので使える者を放ち、事前にある程度の情報は仕入れております」


 ケッヘルは立体映像を指した。

 モルトランツ中枢部に、丸い円陣が浮かび上がった。


「モルトランツには十二の大陸間弾道弾ミサイルの発射施設があります。うち、核搭載可能な弾道弾を発射できる施設は八基。うち二つは司令部制圧の際に抑えました。残りは六つですが――」

「多いな」

「は、そのとおりです。軍団の二個連隊を捜索に回しており、六つの内四つまでは問題なく制圧できるかと思われます。しかし、親衛隊の頑強な抵抗もあり、それ以上は――」

「人手が足りんか。残り二つの発射施設を押さえるには、どの程度の兵力が必要だ」

「歩兵一個小隊。しかしながら、本司令部の防衛、そして何よりもモルトランツそのものの防備も入れるとこれ以上前線から兵を引き抜くのは――」


 グレーデンは腕を組んだ。


「手の空いている者はいないのか」

「おります。いるにはいますが」

「どうした?」

「キルギバート大尉以下、三名。及びルヴィオール・リッツェ中尉以下四十七名」

「合わせてちょうど一個小隊か。純粋な歩兵ではない。しかも大尉らは――」

「グラスレーヴェン配備に今少し時間がかかります。とはいえ、その間遊ばせておける状況でもありません」

「よかろう。だが、彼らは都市東部の防備に当てる予定だろう。主戦場の防衛は誰が――」


 そこまで言いかけた時、司令部の扉から一人の男が入って来た。


「その任は我らが請け負いましょう」


 将校の制服から、真白のグラスレーヴェン搭乗員の制服に身を包んだシレン・ヴァンデ・ラシンであった。手袋をはめた手を掲げてグレーデンに敬礼を送ると、彼は踵を合わせた。


「ラシン大佐。南部はいいのか?」

「南部のアーレルスマイヤーの軍がにわかに退きのきました」

「アーレルスマイヤーが? 何を考えているのだ」

「おそらくは海岸に展開していた所属の部隊と合流を待っているのでしょう」

「そうか。貴官が善戦してくれたおかげだ」

「いえ。……しかし、これで南部は時を稼げます」


 頷くグレーデンに、シレン・ラシンは顎を引いた。


「北方州軍は今、勝機を手にして浮足立っております。連中に、今一度、戦いというものがどういうものか見せつけてやりましょう」

「頼む。任が終われば、キルギバート隊を増援に送る。三機だけの援軍だが」

「これ以上ない助太刀です。では」


 シレン・ラシンを見送ったグレーデンは、すぐに連絡将校に声を飛ばした。


「キルギバート大尉、リッツェ少尉の両名に繋げ」


 命令は速やかに伝えられた。

 キルギバートとその部下、そしてグレーデン隊でも古参となりつつある連絡将校は、それぞれに戦闘装備を整え、武器を手にして司令部の地下へと集まった。


「よかったですねリッツェ中尉! 念願の指揮官任命じゃないですか」

「馬鹿言うなラジスタ准尉! 相手は核兵器だぞ。手に余すにも程がある」


 呑気な会話を横目に、キルギバートは鉈剣を腰に提げて小銃を手にした。隙なく支度を整える上官にブラッドが愚痴たれるようにして口を開いた。


「グラスレーヴェン乗りのオレらが歩兵とはホントに末期っぽいよなぁ」

「どんな任務だろうがモルトランツを焼かずに済むなら、俺はやるだけだ」

「俺は戦いたくねえって言ってた割りにやる気じゃんか」

「こんな事ならもう十発くらいお前を殴っておくんだったな。そうすれば減らず口を叩かれずに済んだのに」

「へぇへい。……それで、段取りは?」


 ブラッドの言葉に、キルギバートは頷き「全員聴け」と号令した。

 すかさず、リッツェが立体映像を投影する。制圧すべき核兵器発射施設の図だ。


「核兵器発射施設を無力化するといっても、正面きっての攻撃は時間がかかる。そこでだ。俺たちは相手の裏をかく。つまり奇襲だ」


 司令部を囲むようにして展開している核兵器発射施設は、それぞれが繋がり合ってまるで腕輪のようになっている。現状のところ、円の左半分では熾烈な攻防戦が起きているものの、右半分での戦闘は散発的だ。


「この右半面から俺たちは侵入する。味方部隊が親衛隊の気を引いている間に、弾薬搬入用のリフトを使って、坑道から侵入する」


 すると、カギ状の小道が現れる。それは親衛隊の防衛線の真横をかすめるようにして、"壁の中"を通り、本来あるはずのないもう一つの道を作り上げた。その出口には最奥部の核兵器発射施設がある。


「ここを落とせば、残る発射施設は挟み撃ちにできる」

「なるほど。それなら短時間での制圧が可能ですね」

「皆には悪いが、穴の中を通るネズミになってもらう。作戦は理解できたか?」


 異論はなかった。キルギバートは静かに息を整えて告げた。


「これよりモルトランツ……いや、地上での最後の作戦を開始する。準備はいいか」


 戦友たちは武器を手に応じた。キルギバートも銃を掲げた。


「かかれ!」

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