第34話 回廊、その先へ
モルト軍は本国側回廊まで一斉に退却を始めた。緒戦から勝利を収めているウィレ軍艦隊が勢いづいたのは言うまでもない。その中にある03―ラインアット―隊も例外ではなかった。
「追うぞ。一気にアースヴィッツを落としてやれ」
ジストがヘルメットを被りながら吼えた。
「くわえ煙草じゃねえってところを見ると、とことんやったるつもりらしいな」
ワイレイはグローブをはめ直しながら息をついた。両名とも、既に敵を追いながらグラスレーヴェン数機を撃墜している。鮮やかに機を駆りながら、モルト軍の
「おいゲラルツ!」
リックが弾幕を掻い潜りながら叫んだ。顔には花火遊びをしている子どものような笑みが浮かんでいる。
「アースヴィッツは目の前だぜ! 着いたらどうすんだ!」
「アースヴィッツに乗り込んで、
大鋸にグラスレーヴェンをかけたゲラルツが牙を剥いてスロットルを開いた。加速した機によってグラスレーヴェンの胴が泣き別れとなり、鮮やかな桃色の火球となって消滅する。
そんな中、カザト・カートバージの表情だけは冴えなかった。
「――!」
通信が鳴る。カザト機のコクピットの画面に現れたのはファリアだった。
「ファリアさん……」
「キルギバートの事、わかっているけれど。迷ってはダメよ」
「それは……ありますが。それより、何か感じませんか?」
「どういう事?」
カザトは追う敵の方を注意深く見つめると、ややあってから速度を緩めた。それに伴い、ジスト機やゲラルツ、リック、ワイレイらも気付いたようで隊列が伸びきらないように勢いを殺す。
「どうしたんだよ、カザト? 回廊の出口は目の前だぜ?」
「すまないリック。隊長、ちょっとだけ待ってもらえませんか!」
「……なんだカザト。くだらん理由だったら承知しないぞ」
低い声で告げるジストに対し、ワイレイがややあってから低い笑いを漏らした。
「そっか、坊も気付いたみたいだぜ。アーヴィン」
「……気付いた?」
目を丸くするカザトに対して、ワイレイは軽く片目を閉じて告げた。
「敵が誘っているみたいだって言いたいんだろ」
「「!!」」
ジスト、カザト、ワイレイを除く皆が息を呑む音が聴こえた。その中で、ジストが面倒くさそうに息を吐き、がしがしと髪を掻きながら言った。
「……カザト。どこで気付いた」
「さっきです」
「根拠は?」
「これまで、モルト軍は退却する時は死に物狂いで反撃してきました。全軍でです」
彼らはモルト軍の方を見た。追いすがるウィレ軍に対して、モルトは小隊から中隊規模の部隊を繰り出しては応射し、また繰り出しては退きを繰り返している。そうして逃れられないと悟った部隊が――。
「――奴ら……!」ゲラルツが呻き――。
「組織的に玉砕してやがる!」リックが続けた。
グラスレーヴェン部隊は弾が尽きるやウィレ艦隊に突っ込んでくる。そうして迎撃のために進撃の速度を殺した艦艇を見つけ出しては仕留め、そして護衛のアーミーにやられていく。自ら進んで、だ。
「なんであんな真似ができるんだよ、死ぬんだぜ……?」リックの声が震えた。
「モルト軍だからな」
ワイレイが底冷えする声で答えた。
「ああやって自分から捨て駒になれば、結果的には犠牲は少なくて済む。何しろ死ぬ数は最初から決まっているんだからな」
「ふざけんなよ!」
リックは叫んだ。その目は涙が溜まって真っ赤になっていた。
「大義だと!? そんな短いお題目のために喜んで死ぬってのかよ!」
「ああ、そうだな……」
頷いたワイレイは、「だが」と続けた。
「そういう奴と、お前たちは地上で戦ってきたんじゃないのかい?」
言葉と息を詰まらせるリックに、ゲラルツが近づいた。
「……それなら、お望みどおりにしてやろうじゃねえか。リック」
「ああ。回廊をとっとと抜けてアースヴィッツに殴り込んで、早く戦争を終わらせるしかねえ。行くぜ!!」
リック機とゲラルツ機が再び飛び出していく。彼らの向かう先で小さな砲火、そして爆発が立て続けに起きた。ほとんど呆然と、その様子を見ていたカザトの前にジストが立ち塞がった。
「隊長――」
「カザト」
「……隊長は気付いていたんですか?」
「ああ。だが、それがどうした」
ジスト機が肩に大鋸のついた機関銃を担ぎ上げた。そのカメラアイが鈍い光をたたえている。
「兵隊として、俺たちがやる事は決まっている。連中がどれほど備えようが、そいつを全部ぶち壊してモルトへ進む。あのグラスレーヴェン乗りとの因縁を、この宇宙で断ち切る。それだけだ」
「なにが待ち受けていても、ですか――」
「そうだ。モルトが築き上げた戦線をぶち壊すのが俺たちの役目だ。どんな事になっても、それは変わらない」
カザトは前方を見た。青白く輝く惑星――モルト――は、地上から見るよりもはるかに大きな姿を目の前にさらしている。手を伸ばせば届きそうなほどに近く、そして辿り着くにはまだ遠い敵地が目の前にある。
「迷うなカザト。死ぬぞ」
行ってジストは機のスロットルを全開にして追撃に掛かった。その場に取り残されたカザトは、ややあって機を進めるためにフットペダルに足を掛けた。
「――いいよ、ゆっくりで」
機の背後から声を掛けてきたのはワイレイだった。
「それでもまだ迷ってんだろ?」
「ワイレイさん……」
「停まったままだとアレだし、ちょっと行きながら話そうぜ」
カザトは言う通りにした。随分と低速ながら二機は辛うじて前衛との距離を保って進み始めた。
「人間ってのは厄介だよなぁ。機械じゃねえんだ。そうすぐに切り替えられるもんじゃない」
「……はい」
「カザト、ちょっと訊ねてもいいか?」
「――アイツが敵として今、目の前に現れたとする。一緒に戦った仲なんだろ? ひょっとしたら分かり合える、そんな未来もあるのかもしれん」
ワイレイの言葉に、カザトは地上での最後の戦いを思い出した。並み居る黒い怪物を薙ぎ倒し、モルトランツを守るために戦ったグラスレーヴェンの戦士としての姿が蘇った。だが、それ以上に鮮やかに思い出として蘇ったのは共に戦うと決めた時の、彼の無邪気な笑顔だった。モルトランツを共に戦い、守るために互いを疑うことなく、信頼し合って背中を預け合った。
その彼を、討つというのか。
「そんなアイツのグラスレーヴェンはバカでかい長剣を持っていて。その刃の下に、アーヴィンやリック、ゲラルツ、ファリア、俺らがいる。お前はどうする?」
「――それは!!」
決まっている。戦友を助けるために引鉄を引くだろう。
「じゃ、もう一つ。アイツが逆にカザトの立場だったらどうするだろうな」
「それは……」
決まっている。疑う余地はない。キルギバートは戦友を助けるために、迷うことなく自分を討つだろう。
「結局のところ二つに一つなんだよカザト。俺たちが従わなきゃならんのは戦場という殺し合いの競技場で、最低限決められた規則ってやつだ」
押し黙るカザトに、ワイレイは明るい声音で続けた。
「でもよ、どうせやるんなら簡単な規則に従いたいわな」
機がジストやリックたちから離されていく。だが、ワイレイはカザトに歩調を合わせたまま続けた。
「敵は撃つ、味方は守る。結局のところ、それだけでいいんじゃねえか?」
「……敵は撃つ、味方は守る」
「ああ、そうだ。お前の味方は俺たちだ、そうだろ?」
「はい」
「この戦争の先にアイツと分かり合える未来があるとしたら、確かにそりゃ素敵な浪漫だろうさ。だが、そうした未来を創ってくれる人間はもっと上の連中だ。俺たちが良く知るお姫様のような、な」
カザトは頷くしかなかった。未来や、世界といった壮大なものを築くだけの力が自分にはない。どんなに英雄に憧れたとしても、カザト・カートバージという人間に世界を変えるだけの力はない。"
「だから、できる事から始めようぜ。兵隊は兵隊の英雄になれるんだ」
「……なれますかね?」
「それをお前が諦めて、一体どこの誰が代わりになれるってんだ?」
ワイレイは頷いて笑った。
「なれるさ」
そのたった一言が、カザトの胸の中で温かみを広げてくれる。頷き、英雄に憧れ続ける兵士は前を向いた。
「……ワイレイさん、ありがとうございます」
「おう。そんじゃ行くぜ!」
「はい!」
カザト機とワイレイ機が急加速し、ジストらに追いつくべく前線へと突き進む。その遥か前方で、カザトのアーミーの瞳が何かを捉えた。
「あれは――」
無数に輝く光点。夏の夜に群がる羽虫のようなそれが何かを、カザトは既に知っている。
「おいでなすったか……」
「いや、待っていたんです」
カザトの言葉にワイレイが、そして彼を待っていた隊の戦友たちが頷いた。暗礁を抜け、ウィレ軍艦隊もそこに続く。巨大な壁のように隊列を組んで進むウィレ艦隊が、回廊の最終到達地点で目にしたのは――。
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