第33話 第一次回廊防衛戦

 漆黒のグラスレーヴェンの周囲は常に敵、そして撃ち出される火線に塗れていた。

 敵は次々と防衛線を食い破るように突入してくる。数に任せた乱射と突撃による一方的な"ごり押し"だ。だが、そうであるが故に対処は簡単だった。来る数だけ突き伏せ、叩きのめせばいい。防衛戦とはそういうものだ。


「……来る」


 キルギバートはグラスレーヴェンのコクピットの中で呟くように言った。もう何時間、下手をすれば何日戦っているかわからない。背後で支援砲撃と、絶妙なタイミングで突撃を繰り返す味方艦隊に駆け込んでは補給と整備を受け、寝る間もなく出撃している。


 警報が鳴った。ほぼ同時にキルギバートも敵を察知してそちらに首を巡らせた。


 直上。宙間戦闘型アーミーラルセ・アーミーが両腕の機関砲を乱射しながら突っ込んでくる。光もなく、暗闇だけが支配する宇宙空間で数少ない光源となっているウィレ・ティルヴィアを背後にして。恒星や火砲による閃光を背後に不意打ちを食らわせるのは戦闘の常道だ。だからこそ、容易に予測できた。


「――甘いな」


 キルギバートは呟くように噛み捨て、機の白刃を抜いた。右手に刃、左手に火器を持ち、頭上に向かって乱射する。被弾により装甲が弾け、怯むアーミーの腰部スラスターが噴射炎を吐く、が、間に合わない。宇宙での慣性は重力化のそれよりも甚大な影響を与える。減速も軌道修正も間に合わず、アーミーはグラスレーヴェンへと突っ込んだ。


「――とった!」


 すれ違いざま、キルギバート機が加速する。速度を乗せた切っ先は過たずにアーミーの頸部を刺し貫いた。そのまま引きずるように加速を続け、交差の瞬間に刃が引き抜ける。アーミーは何事もなかったかのように宇宙空間の暗闇へと、ただ直進し、やがて消えていった。

 刃は半ばまで紅い液体で濡れていた。それを血振るいし、次の機影を追い求める。



 勢いに乗るウィレ軍宇宙艦隊は衛星軌道制圧からわずか24時間後、ウィレ=モルト間をつなぐ宙域航路の入口へと到達した。この要所を抜ければ、モルトへと到達する"回廊"に至る。ここを食い止めなければモルトは本国へと押し込まれていくことになる。


 ウィレ軍宇宙艦隊は面で宙域を制圧戦と押し上げてくる。統率の取れた艦隊機動の中からウィレ宇宙巡洋艦"フルント級"の一隻が急加速し、一個の砲弾のように突っ込んできた。


「ちっ!!」


 小回りが利き、多数の対空火器を装備しているハリネズミのような艦を、キルギバートは苦手としていた。すぐさま艦橋のみを狙ってディーゼを乱射する。紙切れのように構造物が砕かれ、艦橋根元にある推進剤に火が付いた。火だるまとなり、大破して著しく機動性を失った駆逐艦を見て、すぐさま装填に入り、弾倉を交換するため使い終えた分を切り離す。


 不意に、駆逐艦の背後から数機のラルセ・アーミーが突入する。


「しまった……!」


 装填中の隙を突かれた。ヴェルティアを握り直す間に、キルギバートに向けてアーミーの機銃が火を噴いた。射すくめられ、ひるむうちに距離が詰まった。押し込められる。


「くそっ――!」


 最初の一機を切り払ってやり過ごし、二機目はすれすれのところで回避する。だが、その後ろから二機同時に打ちかかってきた。腕にはあの回転鋸と大型小銃が合体したような武装を抱えている。刃が、もう回っていた。


――やられる!


 キルギバートが凍り付いた刹那、その二機が斜め下方からの火線に貫かれて爆散した。


「間に合いました」

「油断大敵だぜ!」


 クロスとブラッドだ。すでに後方へと抜けた敵機が僚友を討たれ、怒り狂って再度攻撃を仕掛けてきている。ブラッドが片方に食らいついた。もう片方をクロスがけん制し、制圧射撃を加える。


「おら、やれッ!! カウス!!」

「了解です、ブラッドさん!」


 カウス機がクロスの猛烈な射撃の後方から突進し、撃ちすくめられているアーミーを組み打つ。刃をさかしまに持ち直し、その首の根に突きとおした。残る敵機が敵わないとみて離脱を図る。そこに、追いついたブラッドが横薙ぎにヴェルティアを旋回して頭をたたき飛ばした。


「逃がすかよ!」


 背後から抱き着くようにして、アーミーの背中を狙う。機動用の推進装置を増設したために、アーミー得意の分厚い装甲も背面だけは弱点となっている。そこにヴェルティアを当て、首筋まで突き抜いた。


「共同撃墜、これで四だ」腕をがっちりと組み合わせて喜ぶブラッドが吼えた。

「すまん、クロス、ブラッド」

「いえいえー。地上の時みたいに近接陣形を組めたら楽なんですがね」

「そんな事したら、すぐにまとめて吹き飛ばされちゃいますよ」


 キルギバートは苦笑いして肯じた。この砲火の中で軽口を叩けるカウスも相当に図太くなったと思う。おそらくは南方州でのシレン・ラシンの教練が効いたのだろうが、これなら時期に部隊の一翼を担えるようになるだろう。


『戦隊長!』


 防衛部隊のグラスレーヴェンが、漂うように近づいてきた。


「どうした?」

『報告します。一機戦方面は敵先発艦隊を撃退、なお追って撃滅しつつあり!』


 通信に交じってブラッドたちが驚きに唾を飲み下す音が聞こえた。


「……さすがラシン大佐だ。防戦から巻き返すとは」


 地上で勇名を轟かせたラシン家の武威は宇宙においても健在だと、ウィレ・ティルヴィア軍は身をもって痛感していることだろう。


「ここを守り切れば――」


 言っていた刹那、キルギバートが撃ち伏せた駆逐艦から猛烈な対空射撃が撃ち上がった。断末魔の対空火器管制の暴走か、それとも乗組員の最後の抵抗かはわからなかった。だが、殺意に満ちた最後の火線が報告を行っていた隊員機を貫き、その砲弾がキルギバート機の火器を右手ごと粉々に撃ち砕いた。装填が終わったばかりの弾薬満載の弾倉が弾け、爆発を起こす。


「くそっ!?」

「ちっくしょうがっ!!」


 ブラッドが吼え、クロスが無反動砲を燃え盛る艦へと乱射する。対空砲火を撃ち上げていた銃座が血祭りに上げられ、そこから飛び込んだ炸裂弾が残る推進剤と弾薬を燃え上がらせた。巨大な火球が生まれ、周辺の宙域を煌々と照らし出す。


「隊長、ご無事で――!?」

「ああ、無事だ。だが――」


 僚機に乗っていた同胞を悼む間すらない。敵の攻撃は途切れることがない。こうなれば相手へと切り込んで出鼻を挫き、怯ませるしかない。キルギバートはフットペダルに足をかけながら口を開いた。


「もう一度敵へ――」


 刹那、通信が鳴った。


『ヴァンリヴァルより第二機動戦隊へ。一度帰還せよ。我が方は間もなく攻勢限界点を迎える。一度帰還し、補給を受けよ』

「馬鹿な!!」


 キルギバートの声に苛立ちが溢れた。


「押し返せば敵は崩れる! 敵は休まず、ウィレから遠路行軍してきているんだ、ここで押せば……」

『その敵が崩れず、もう何時間戦っていると思っている! 攻勢は無意味だ。少佐、隊をまとめて一度帰還せよ』

「守っても勝てはしないんだぞ!? わかっているのか!」

「少佐」


 吠えるキルギバートは飲み込むように口を閉じた。グレーデンだ。


「閣下。戦っては退がり、また迎え撃ってはの繰り返しです。これではモルトへと押し込まれてしまいます!」

『少佐。これは最高司令部の命令だ』

「ですが! 参謀総長のお考えが、私にはわかりません!!」

『参謀総長だけではない、元首閣下も、ラシン元帥も考えた末の命令だ。貴官が奔走し、心血注いで復活させた国軍の頭脳が決めたことを、これ以上、私に言わせるつもりか』


 ブラッドやクロスは、異音を聞いた。キルギバートが拳を握り締め、皮の手袋が軋んでいる音だろう。刃があれば鉄に噛み付き悔しがっているに違いない。


「隊長……」

「隊長、グレーデン将軍の命令に従うべきです」


 クロスは戦場を遠くを見つめるような目で見通しながら続けた。


「私達にはわかりません。でも戦いの行方をある程度見通せる人たちが考えた事です。従いましょう」


 クロスの声に耳を傾けるうち、幾らかキルギバートも頭が冷えたようだ。しばらくして、グラスレーヴェンのヴェルティアを腰に納めた後、大きく息を吐き出し、告げた。


「第二機動戦隊、ヴァンリヴァルへ帰投する」


 そしてこの日。"回廊"の半分が、ウィレの手に落ちた。


 ☆☆☆


「各艦隊、整然と後退しつつあり。損害は軽微」


 モルト首都「アースヴィッツ」の最高司令部では立体宙域図に映し出される戦闘の推移をゲオルク・ラシン元帥、そしてローゼンシュヴァイク大将が見守っている。ウィレ=モルト間に漂う青い光点の群れがモルト軍で、赤いものがウィレ軍だ。扇を広げるようにウィレ宇宙艦隊は展開している。


「成ったか?」ゲオルクが元帥杖を持ち上げながら口を開いた。

「いや――」


 ローゼンシュヴァイクは宙域図から目を離すことなく応じた。


「むしろ始まりだろ」


 と、出入り口を固める士官が「傾注」の声を挙げた。ふたりが振り向いた先、直立不動の敬礼を捧げる将校に迎えられてブロンヴィッツとベーリッヒ首席元帥が最高司令部へと入った。ゲオルクとローゼンシュヴァイクも敬礼し、最高司令官を出迎えた。


「仕掛けは如何に」


 ブロンヴィッツの問いにローゼンシュヴァイクは頷いてみせた。


「引き入れる事には成功した」


 ローゼンシュヴァイクが手をかざす。手の甲に埋め込まれたナノマシンに反応し、宙域図の一点が赤く光った。


「回廊の出口で叩ける」

「できるか?」

「誘引からの反転攻勢はモルト軍の得意技だ。回廊の出口はいわば隘路」

「反撃にはうってつけだな。辛抱した甲斐があった」


 ベーリッヒの言葉にローゼンシュヴァイクは肩を竦めた。まだ足りないらしい。参謀総長は傍らの国家元首に振り向いた。


「ヒーシェとルディの抑えは?」

「為した」ブロンヴィッツの答えは簡潔だった。

「どうやって?」肩眉を傾げたローゼンシュヴァイクに対し、国家元首は無表情に続けた。

「今こそ旗色を明らかにすべし、さもなくば本土に侵攻し併合する」


 司令部がどよめいた。あの短期間に二つの宇宙都市国家の首を抑えたというのかという驚きと、国家元首への畏怖が混じった、さざなみのようなざわつきだった。


「宇宙の民の危急の折に日和見をする者など、それはもはや同胞ではない」

「思い切った事を。で、返答は?」

「既に両国共、増援艦隊を回廊に進発させている」


 回廊を抜けたウィレ軍が目にするのは、待ち構えるように布陣するモルト軍主力の大規模部隊の姿となるだろう。最高司令部に詰めている主要な軍人たちの間に異様な興奮がみなぎった。


 だが、ローゼンシュヴァイクは冷静だった。


「アーレルスマイヤーとドンプソンに気取られないか」


 ブロンヴィッツは沈思した後、僅かに低い声で応じた。


「勘付くであろうな。だが手遅れだ」


 勢いに乗る無数の艦隊を全て統制するなど人のわざでは困難だ。そして高速で進軍する全ウィレ艦隊を遥か宇宙の彼方から命令し、三路即座に一斉停止させるなど不可能に近い。モルト軍がノストハウザンでそうであったように、あの時よりはるかな大軍を用いているウィレのみがそうならないと誰が言えるだろう。


「ヒーシェとルディの抑えは?」


 ローゼンシュヴァイクの問いに、ブロンヴィッツは腕を組み虚空を見上げた。


「親衛隊を使う」

「やめておけ、シュレーダーを調子づかせるな」鋭い声でローゼンシュヴァイクが反駁した。だが、ブロンヴィッツは首を横に振った。

「恐怖を用いるべき時もあろう」

「……ブロンヴィッツ、お前――!」

「わかっている、ローゼンシュヴァイク。……だが、この反撃は成功させねばならん。劇薬を用いてでも、勝たねば我らが滅ぶのだ」


 ローゼンシュヴァイクはしばらくブロンヴィッツを見つめた。やがて顎を引き、軍帽の下にある瞳を鋭く光らせて口を開いた。


「勝たせるさ。俺達はそのためにいるんだ」

「……頼むぞ」


 ローゼンシュヴァイクは頷いた。

 モルト軍にとって本当の意味での回廊防衛戦が開戦するまで、既に12時間を切っていた。

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