第35話 攻撃命令
惑星モルト。恒星からの光によって輝くその姿は"高貴な土気色"とさえ称される。その大地の前に立ちはだかるようにモルト軍宇宙艦隊が姿を現した。
「――!!」
カザト・カートバージら、ウィレ軍先遣艦隊の将兵は思わず目を見張った。モルト軍はまるでウィレ軍に対して覆いかぶさるかのように、分厚い壁となって布陣している。
「待ち伏せにしては数が多くないか……!」ワイレイが呻いた。
「なるほどな――」ジストが煙草を噛み潰した。「
モルト軍艦隊はそれぞれが円錐状の陣形を組み、悠然と航行している。それらが徐々に横長に展開を始め、回廊から脱け出したウィレ軍を逃すまいと大きくその両腕を広げた。その様子はまるで小魚の群れを一網打尽にするために打たれた、漁師の投網のようだった。
「グラスレーヴェンと精鋭の駆逐艦隊による網ってか」
「タチが悪すぎんだろ……!」
ワイレイの言葉にリックが呻いた。ただでさえ戦力差があり過ぎる中、敵の先陣は完全にウィレ軍の撃滅だけに特化した作戦を立てている。戦いが始まる前からすでに、ウィレ軍は"不利"に陥った。
「――、あれは」
「どうしたの、カザト君」
「ファリアさん……、アレ、は!」
カザトが何かを見つけたらしい。ファリアは照準器を引き出すと望遠代わりに覗き込んだ。ジスト隊の中でもファリアの機体は狙撃仕様ということもあり、望遠が利く。敵陣の中心までとはいかないが、この距離ならば全容を見て取るくらいのことはやってのけられる。
「白い機体……、"白鷹"の第一機動戦隊ね。グレーデンがいる……! ということはキルギバートも――」
「それも、ですけど……! その向こう、方位三三〇です!」
カザトの声は切迫していた。ただならぬ様子に、ファリアは言われる方向へと照準を定め、そうして凍り付いた。
その宙域には暗緑色のグラスレーヴェン隊に守られた、"それ"があった。
「……っ!?」
鋼鉄によって形作られた巨大な花。茎を思わせる長い砲身。随伴する宇宙巡洋艦さえ小魚のように思わせ、目の当たりにした者を例外なく委縮させるその威容。その砲口に蓄えられつつある"赤い光"。
照準器を覗き込んだファリアの叫びはほとんど悲鳴に近かった。
「――"神の剣"!!!」
ジストの口から煙草が零れ落ちた。
「なん、だと……!」
モルト軍は衛生上から引き揚げた神の剣を、この戦線に惜しげもなく投入した。モルト軍による分厚い陣形は、ウィレ軍を殲滅するため。それと同時に神の剣を守り抜くための鉄壁の防壁となった。
☆☆☆
相対するモルト軍が、布陣を終える。
神の剣を中枢におきつつ左右中央に五つのブロックを設け、さらにウィレ軍を上下からも挟み撃ちにするため十五艦隊に分かれて凹字のような立体陣ができあがる。そしてモルト本国からその様子をローゼンシュヴァイクが見つめていた。
「暗礁のひしめく中に航路を造られた回廊の出口はラッパの口のように狭い。そのため大部隊は引き返すこともできず、後続の部隊とひしめき合い、やがて身動きが取れなくなるだろう。あれは"良い的"だ」
「ローゼンシュヴァイク――」
その背後から遠雷のような声が響いた。ローゼンシュヴァイクは動ぜずに振り向き、手を掲げて敬礼した。
「元首閣下。……投了に」
「よくぞ短時間で手を打ち終えた。貴官こそがモルト軍の頭脳である」
「褒め言葉は勝ってからに。それよりも――」
ブロンヴィッツは頷くと、その手を振り上げ、そして下ろした。
先陣は、"白鷹"ことシレン・ヴァンデ・ラシン。そしてモルト機動部隊最精鋭の名を誇るモルト第一機動戦隊。そしてアーミーの迎撃、接近戦に特化したモルト駆逐艦四個艦隊。
中軍にはモルト親衛隊機動部隊。その束ねとなるウェイツ・ウィンタース少佐率いるモルト第三機動戦隊。これに、巡洋艦から成る国軍と親衛隊の主力艦隊が陣形を連ねている。後軍にはこれまで戦線の防衛に回っていた機動軍グラスレーヴェン部隊と機動艦隊が陣を再編成して背後を固めつつ、連戦の疲れを癒している。
そして、ウィレ軍に襲い掛かるべく翼を伸ばしている中軍右翼。ここに、モルト級戦艦「ヴァンリル」を旗艦とするグレーデン艦隊、そしてキルギバートが率いる第二機動戦隊が着陣した。
そして、その最精鋭たちを率いるブロンヴィッツの手が振り下ろされた。その意を代わりに受けた、シレン・ヴァンデ・ラシンの白い愛機が長剣を掲げた。
「かかれぇーッ!!」
モルト本国より攻撃命令が下った瞬間、それまで身を低く屈めて機会を伺っていたグラスレーヴェン部隊と宇宙艦隊は勇躍し、一斉に牙を剥いた。そして、中軍にあった神の剣二基の砲口から赤い閃光が迸り、轟発した。
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