第36話 奴らは人間ではない
"神の剣"。ウィレ・ティルヴィア軍が神威のように恐れた赤い閃光は今、純粋な軍事兵器としてその威力を解き放った。
「――放て!」ウェイツ・ウィンタース少佐はグラスレーヴェンから、その腕を振り下ろした。
閃光は真っ直ぐ回廊の出口へと伸び、ちょうど陣形を整えるべく速度を緩めたウィレ軍駆逐艦隊に突き刺さった。照準点であった中枢に位置していた旗艦、複数の駆逐艦は爆発さえせず粉々に砕け散った。また光条の近くにあったアーミーはその熱線と電磁波によって動きを止められ、次々に爆発、あるいは大破沈黙した。
赤い閃光は大気圏内のように減衰すること光の棒となって照射を終えるまで猛威を振るい続ける。文字通り、宇宙最大の――荷電粒子――大砲としての役割を存分に発揮し、己の存在意義を敵にのみ刻み付ける。
シレン・ラシンが、グレーデンが、キルギバートが、それまでこの兵器を忌む心さえ持っていた者たちでさえ、その純粋な威力を前に改めて息を呑み、言葉を失った。神の剣の砲撃を逃れたウィレ軍部隊は反撃に転じたモルト軍を"迎撃"するために体勢を整えようと必死だった。それは無論、対するウィレ軍のジストたちにとっても。
「くっそぉ!! "神の剣"を引き上げたのはこのためかよっ!」
「黙って戦えバカ!!」
リックの悲鳴にも似た悪態に、ゲラルツが叫び返す。彼らは襲い掛かるグラスレーヴェンや、アーミーを喰らおうと肉薄する駆逐艦をかわすので精いっぱいだった。
「ちっ、陣形を崩すなっ! はぐれると殺られるぞ!」
ジストは声を荒げながら四方に目を配る。モルト軍が砲撃から瞬時に突撃したのは、生き残り同士で合流し、戦力の立て直しをさせないためだろう。恐ろしく冴えた采配だと認めざるを得ない。
『――ウィレ軍を回廊の入口まで叩き返せ!』
モルト語の叫び声が混線し、乱戦へと目を凝らす。漆黒のグラスレーヴェンが手練れの僚機を伴い、躍り込んでくるのが見えた。長剣を手にもはや手慣れた様子でブラケラド・アーミーの首を刎ね飛ばしている。
「やっぱりな。あの時に殺しておくべきだった」
「アーヴィン、ぼやくのは後だぜ。ここを切り抜けねえとな」
「ワイレイ」
「オレはカザトとファリアのお嬢ちゃんをまとめにいく。そっちはボウズどもを」
「抜かるなよ」
「あいよ!」
素早く散開した二機は襲い掛かるグラスレーヴェンをあしらい、あるいは返り討ちにして戦線の取りまとめにかかった。反撃の機会は当分訪れそうにはない。
一方、キルギバートは崩れたウィレ軍の中へと機を乗り入れると全方へと飛び回った。両翼に位置するブラッド、クロスの小隊に指示を飛ばして戦隊を自在に操り、向かう先に立ちはだかった艦艇とアーミーはことごとく蹂躙された。
そのうちに第一機動戦隊のシレン・ラシンらも合流した。戦線が広範囲から、この回廊の出入り口へと絞られてきた証拠だ。
「キルギバート少佐」
シレン・ラシンからの通信にキルギバートは吼えた。
「ラシン大佐。勝機に!」
「応。――第一戦隊、かかれぇっ!」
刻み込まれた"白鷹"の恐怖は、今なおウィレ軍将兵の骨の髄まで沁み通っているらしい。ラシン隊の白い機体が乗り入れる前に、アーミー部隊は守るべき母艦さえ放り捨てて蜘蛛の子を散らすように隊列を崩した。そこへ、ブラッドとクロスの第二機動戦隊の両翼が突き入れ、隊列からはぐれたアーミーを食い散らかした。
グラスレーヴェンの捕食者として開発された鋼鉄の怪物が、今や鋼鉄の巨人の餌と化している。
――勝てる。
キルギバートは"増援"さえ忘れ、自身も乱戦の中へと躍り込んだ。
「勝てる――!」
同じ感想を吐いたのはグレーデンだった。後方、モルト艦隊旗艦ヴァンリルの艦橋にあって、司令席から腰を浮かしている。
「反攻が見事にはまりましたな……」
傍らのケッヘルも眼前に繰り広げられる爆発光の群れ――それも最早ウィレ軍艦隊のものがほとんどだろう――に目を細め、自軍の優勢を疑わない。今やウィレ軍の先遣隊はほとんど潰乱状態だ。ここで一押しを加えれば残っている僅かな部隊も回廊の内へと引き返さざるを得まい。
判断したグレーデンは手を差し上げた。
「神の剣を撃ち込め!」
すぐさま、ウェイツらのいる陣地から赤い光が迸った。グレーデンは光の主が在る方角へ振り返り、決定打を確信して唇を引き結んだ。
その、グレーデンの見る方角。新しい光点が次々と宙域に浮かび、近付いてきた。
「ヒーシェ、ルディの増援艦隊が到着――」
「……勝ったぞ!!」
その光点。隊列を組んだヒーシェ軍艦艇――モルト軍艦艇を貸し与えられている宇宙移民の艦隊――から、いくつかの光が瞬いた。
「砲撃か、まだ遠――」
刹那。ヒーシェ、ルディ艦隊からの砲撃が神の剣に突き刺さった。その荷電粒子砲の一弾が、神の剣の砲尾を直撃した。発射を控え、エネルギー充填に入っていた神の剣はひとたまりもなく、赤い稲妻を周囲に散らした直後、大爆発を起こした。
「まさか……!!!」
ケッヘルが呻き、コロッセスが大きく目を見開いた。グレーデンは扼腕して歯を食いしばった。その横顔に幾重もの青筋が浮かび、顔面を紅潮させ、鉄の狼と畏怖された男の表情は"狼"そのものに変貌した。
「おのれ、裏切ったか!!!」
すかさずルディ、ヒーシェ艦隊からの第二射が放たれた。
「えっ」
最もルディ、ヒーシェ艦隊に近い位置に分隊をまとめていたのはクロスだった。炎上、爆発した神の剣に気を取られていた彼は、数秒、対応が遅れていた。
「避けろ!! クロス!!」ブラッドの叫び声が虚しく響いた。
背面、しかも至近距離からの砲撃である。まったく予期していなかった機動部隊の、無防備そのものの密集隊形に荷電粒子砲と誘導弾が襲いかかり――着弾。爆発の坩堝の中にグラスレーヴェン部隊は突き落とされた。
その中でもシレン・ラシンの反応は素早かった。すぐに隊をまとめてグレーデン艦隊の方角へと引き返すべく、機首を巡らせようとした。だが、そこまでだった。
<お返しをしてやるよ、白鷹>
ウィレ軍のアーミー部隊――ジストとワイレイによって収拾され、まとめられた残存兵から成る臨時部隊――が、白い機体めがけて殺到した。
「おのれぇ!!!」
白鷹は狂い回った。だが、挟み撃ちに遭って絶え間のない砲撃に脅かされ、数分。彼の隊はついに潰走した。
「な、なんで、なんで味方をっ!?」
「馬鹿野郎、カウス! あいつら裏切ったんだっ!」
ヒーシェとルディの艦隊から光虫のような小さな光点が射出される。その艦艇から出てきた光の正体は、アーミーだった。
『ブロンヴィッツによる圧政に終止符を!!』
『独裁者に依らない宇宙移民の真の解放を!』
『行け、アースヴィッツへ、モルトを討――』
アーミーの一機が粉々になって吹き飛んだ。クロス機を抱きかかえたブラッドが、クロスの持っていた"破城槌"で撃墜したからだ。そのクロス機は、腰から下が失われていた。
「クソ野郎ども……!! 落とすのはお前らの国だ!!!」
ブラッドが猛射を加えながら喉の割れるような叫び声を上げた。
目の前で、"宇宙移民の正義"が失われていく。その様子を目の当たりにしながら、キルギバートは無言のままに機を乱弾の中へと乗り入れていた。
「た、隊長――」
近付いてきたカウス機に、キルギバート機は恐ろしいほど素早く振り返った。
「カウス――」
「は、はい……!」
「やつらを殺せ」
カウスは凍り付いた。切っ先を"敵"へと向けた敬愛する隊長の姿はどこにもない。
「ルディ、ヒーシェのやつらを皆殺しにしろ」
キルギバートは"獣"と化した。
「やつらは人間ではない」
直後、キルギバートは機を加速させ、爆発渦巻く、裏切りの最も激しい戦域へと斬り込んだ。
LION HEART ソラノシシ INGEN @INGEN01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。LION HEART ソラノシシの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます