第21話 北岸会戦-5-
ウィレ・ティルヴィア軍数十万の総突撃が、モルト軍の戦列に殺到した。
「主力戦車、前へ―ッ」
「目標、敵グラスレーヴェン!」
「足を狙え、動けなくしろ!」
猛烈な射撃を展開しながら、ウィレ・ティルヴィア軍が平野を行く。戦線にして二倍の兵力を持つウィレ軍の鉄量が、この戦いで最大まで発揮された瞬間だった。鉄の雨は壁となってグラスレーヴェンを穿ち、その足元で突き進んでくるモルトの装甲歩兵を打ち倒した。
ウィレ・ティルヴィア軍の猛反撃に、初めてモルト軍部隊が崩れた。
「行けるッ!!」
アレンは喉を振り絞って叫んだ。
「進め!!」
アレンの目と鼻の先ではシェラーシカが督戦している。声を上げ、亜麻色の髪を振り乱し、激烈な声音で突撃を叫んでいた。戦場のど真ん中にいる少女は敵から見てもよく目立つ。いくらかの敵弾がシェラーシカを掠める。軍旗は既に穴だらけだ。
接戦となった。銃剣と銃剣が交差し、モルト兵の剣鉈が振るわれ、ウィレ兵の銃剣が空気を裂くたびに血飛沫が地面を染め上げた。組み合い、へし合っての近距離戦の中で、ウィレ軍兵士たちの吶喊が続く。
グラスレーヴェンは彼らを見過ごさない。圧倒的な火力でウィレ軍の戦列を乱そうと、兵士たちの突撃そのものを文字通りに踏み荒らした。
「海軍の支援砲撃、来るぞーッ!!」
誰かが叫び、轟音が轟いた。
「伏せろーッ!」
艦砲弾がグラスレーヴェンに次々と着弾する。ついにたえきれなくなった一機が、猛火を上げて仰向けに倒れる。ウィレ兵が歓声を上げた。
「見やがれぇ、ざまあ見ろぉ!」
「鉄人形をぶっ殺したぞ!!」
「やれる! 俺たちだってアイツらに勝てる!」
勇気づけられたウィレ兵士たちがさらに前へと進む。グラスレーヴェンがたじろぐように後ろに下がった。モルト軍歩兵部隊の前進が止まる。
「いける……!」
アレンは確信した。この地のモルト軍を破れば、そこから先にあるのはモルトランツだけだ。逆襲は成功する。
その時が来た。ウィレ・ティルヴィア軍の戦列が、矢となってモルト軍装甲歩兵部隊の包囲を食い破った。彼らの前に、砂煙にかすむ影が見えた。
「街だ! モルトランツだ!!」
「よし、このまま押して―」
その時だった。空が光った。
「あれは、何?」
頭上、真昼の空に、赤い星が複数輝いた。
雷よりも明るく見えるほどに禍々しい赤光は、一条の光線となり、地面へ突き刺さった。
無音、静寂。
その中を、距離にしてシェラーシカたちの1カンメルほど横に、着弾した。
「隊長、伏せろーッ!」
アレンがシェラーシカに飛びかかったのとほぼ同時。空気が熱され、膨張し、爆ぜた。それまでの静けさを破って、轟音が周囲を揺るがす。
地表がめくれ上がり、炎が噴き上がる。高熱の爆風がシェラーシカと、その上に覆いかぶさったアレンに襲い掛かった。
「く、そ……空気が歪んだぞ」
「今の、は―」
アレンが地面に手をつき、起き上がった。
シェラーシカも起き上がる。軍服に付いた泥を落とし、火を叩いて消した。
「みな、無事……!」
横を振り向く。
「……!」
光が突き刺さった地点が、濛々と黒煙を上げている。地面は赤く灼けた光を放ち、石や砂は溶けて
その部分だけ、まるで掃いたように、人が消えていた。あれだけいたウィレ兵が、ひとりもいない。消し炭すら残さず、消えた。
「今の光は空から―」
シェラーシカは空を仰ぎ、後ずさった。
「うそ……」
空に、無数の影が見えた。左右へ大きく翼を伸ばした、鋼鉄の巨鳥が、赤い光をまとって降りてくる。シェラーシカは、それが何か知っていた。
「モルト軍の宇宙船……!!」
「大気圏で使えたのか!?」
巨大な鉄の怪鳥は、一つ、二つ、三つと地上に影を落とし続ける。やがて、雲の高さまで降りてきたそれは、ウィレ軍将兵の頭上を余すことなく埋め尽くした。
その翼が、赤く輝いた。シェラーシカらの背後で、左右で、再び爆炎が噴き上がった。
「荷電、粒子砲……!?」シェラーシカが呻いた。
開戦前、モルト軍が開発したもので、最も畏怖された兵器。
怪鳥の翼、その内に秘められた発射口が開いた。
―砲身の形を取った加速器の奥で、陽電子を生み出し、それに重金属から作った人工の粒子を結合させる。
収束器の中で膨大な電流圧をかけ、"粒子"にエネルギーを与える。そして、砲口側のもう一つの加速器に送って収束させ、砲口へと送り出す。
「来るぞーッ!!」ウィレ兵の絶叫が響く。
砲身内で圧縮された光弾は急激に外へと向かって伸び、地面へと突き刺さる。破壊的な熱と、暴力的なエネルギーを蓄えた砲弾は、地面に突き刺さってもしばらく、その砲身から照射され続けるのだ。
ウィレ軍数十万の戦列は、呆気なく、ずたずたに引き裂かれた。
「ま、だ……!!」
風に吹き転がされる落ち葉のように翻弄されながら、傷だらけになったシェラーシカは立ち上がった。爆風にさらされ、立っているのもやっとの彼女は、のけぞりながら前を向いた。
気付いた。
モルトランツの方角から、さらに新たなグラスレーヴェンが迫っている。
気付いてしまった。
そのグラスレーヴェンは黒ではなく、純白で染められていた。
「そん、な……」
気付かなければよかった。
グラスレーヴェンの白い肩に、"鷹"の紋章が刻まれている。
白い機体"白鷹"。すなわち、それは―。
ゲオルク・ラシンの息子にしてモルト軍の名族、ラシン家の次期当主。
史上一人目のグラスレーヴェン搭乗員にしてモルト軍最強の機動大隊長。
「い、や……そん、な……」
かつてはウィレとモルトのために、将来を誓い合った婚約者。
敵陣からモルト語の歓声が上がった。
<シレン・ラシンだ!>
白い機体の足元で、新たなモルト軍装甲歩兵部隊が現れる。掲げた銃剣が赤い光を吸い、ウィレ兵たちの眼前で、血塗られた戦剣の壁を作り上げた。
白い機体が、ヴェルティアをゆっくりと抜き放つ。
<総員>
懐かしい声にシェラーシカは動けなくなった。戦争が始まるまで、何度も聴いた、懐かしい声だ。
<突撃>モルト語で響いた懐かしい声。それは慈悲のない宣告に変わり果てた。
最精鋭歩兵部隊の突撃。援軍を得たモルト軍の総反撃が始まる。
この瞬間、北岸会戦の勝敗は決した。
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