第30話 キルギバートのいちばん長い日-2-

 非常呼集がかかった。


 俺達モルト軍の将兵は急ごしらえの野外スピーカーとモニターの前に整列した。俺も卸し立ての制服を着て駆け寄った。


「傾注せよ!」


 元首閣下はウィレ・ティルヴィア西大陸シュティ・アーシェ、北陸部、南洋諸島の完全制圧を発表した。残るウィレ・ティルヴィア政府の領土は公都シュトラウスのある東大陸のみ。戦争の終結は近い。


 政府の声明を読みあげるケッヘル内務相(グレーデンの副官の父親)は終始得意げな表情だったが、それを見る息子の方は苦い表情を浮かべている。声明の締めくくりは次のようなものだった。


『この戦争の大義は月の民及び全ての宇宙市民が自由と尊厳を勝ち取ることだ。そしてウィレ・ティルヴィアに対して、我々はその力を知らしめた。ここに宣言する。ウィレ・ティルヴィアによる隷属から、我々は解放されたのだと』


 首都アースヴィッツの国立劇場に集った議員、国民の凄まじい歓呼が響く。聴いているこちらも、誰に命じられたわけでもなく雄たけびを挙げた。


『国家元首グローフス・ブロンヴィッツの名のもとに、ウィレ・ティルヴィア政府に対し最後通牒を通告する。講和に応じ、西大陸と南洋諸島の領有権を認めよ。これは二年戦役の折、モルト民族が依って戦った聖地である。この地の領有権を認めるならば、我々はこの戦争を終結せしめる用意がある。ウィレ政府がこの期に及び、無意味な抵抗を行うならそれもよかろう。我らはそれを粉砕し、短期間で惑星全土を完全な支配下に置くことができる。それは即ち月の民と朋友たちの完全な独立となるだろう。―同胞諸君!』


 内務相の言葉に全員が踵を合わせた。この挨拶も久しぶりだった。


『三唱せよ。祖国万歳ディア・ファーツランツ!』


 かつて、何百年も前は戦いの前に、勝利の後に唱和した言葉。モルト人が宇宙に追いやられてからは自らを奮い立たせるための合言葉になった言葉。拳を突き上げ、力の限りに、三度叫ぶ。


「ディア・ファーツランツ!」


 散会後、ブラッドは誰彼構わず抱き合って喜んでいる。クロスも終始笑顔だ。俺はというと、何か気が緩んだようでただその場に立ち尽くしていた。ただ戦争がモルトの勝利によって終わるということにほっとしていた。ウィレ・ティルヴィア侵攻の全容を把握している政府が言うのであれば間違いはないと思ったからだ。


「キルギバート少尉!」


 背後から声をかけられ、振り向くとデューク少佐がいた。頭と腕、足に包帯を巻き、痛々しい姿になっているが歩いて来る様子を見るとすこぶる元気そうだ。昨日今日と調子が出ない自分が情けなく、見習いたい気分になる。


「師団長がお呼びだ。分隊長以上の士官は全員集合するようにと」


 頷き、少佐とともに歩いて数分の仮設司令部(といっても木板で組み立てた簡素な小屋だが)に出頭する。既に何人かの士官が集まっていた。間髪入れず、グレーデン司令が入室し、立ち上がって敬礼した。


「諸君、戦争は続く」


 開口一番の言葉がそれだった。


「ウィレ・ティルヴィア政府が領土の半数を手放す可能性は皆無だ。我々が戦争終わらせるには東大陸を制圧する以外に道はない」


 本当に? と少佐の方を見る。彼は頷き、俺は眩暈を覚えた。先ほどまでの高揚感が一気に消し飛んでいく。司令官は続ける。政府はこの戦争の見通しに楽観的だ。しかし我々は軍人であり、楽観主義に影響されることは許されない、と。楽観主義に傾き始めていた自分に恥ずかしさを覚え、頬が熱くなった。


「敵への認識を改めよ。祖国のためという点ではウィレ軍も我々と同じだ。我々が優勢となった今、その抵抗は苛烈になる。忘れてはならない。彼らは守る陣地が一片の砂浜であっても全滅するまで戦い続けた。そしてそれを救援するためとあれば、ウィレ軍は百万の大軍を送り込んでくる。これが誇張でないことは諸君も承知のはずだ」


 そうして司令はゆっくり室内を見渡した。デューク少佐と目を合わせ、そして、俺とも。


「命が下った。我々は近日中に西大陸より先発。東大陸上空にて待機。ウィレ・ティルヴィア政府が抗戦を表明すればただちに降下強襲をかけ、公都シュトラウスに侵攻する。第一目標は―」


 壁面に立体映像が浮かび上がった。東大陸西部にあるシュトラウスの手前に、赤い点が浮かび上がった。


「―ノストハウザンだ」


 ノストハウザンはシュトラウスの玄関口だ。水の都といわれるシュトラウスの水源地であり、軍事、交通の要所でもある。ここを制圧すれば公都シュトラウスの機能は麻痺し、東大陸に展開するウィレ軍を分断できる。

 本国からの増援部隊も加えて軍を四つに分ける。それぞれが東西南北に手分けして進軍する。西大陸で使った手法と同じだが、今回は西大陸からも直接部隊を派遣することができる。それが本隊だと錯覚させ、空からの目を持たないウィレ軍を頭上から一気に制圧する。


「ウィレの全てを使う戦いになる。陸、空、海で挟撃し、ウィレ軍を殲滅する。戦争が終わったその時、敵が二度と立ち上がれないようにするために」


 そうだ。この戦争はまさにそうではないか。俺達の国は再軍備を行い、再起してウィレに攻め入ったのだから。自分達が行ったことを敵がしないという道理はない。


「作戦の詳細は次の再呼集後に説明する。以上、解散」


 その日の空き時間も俺はブラッド、クロスと共に過ごした。戦争が始まる前よりも頻繁に、この3人でつるむようになった事が多くなった気がする。


「やっと国へ帰れる!」


 ブラッドの第一声がますます俺を滅入らせる。こんな事なら士官になるのではなかったとすら思う。会議の間中、彼らはお気楽に歌など歌いながら「戦争終結」を喜んでいたらしく、会議室から出てきた俺を出迎えた時も上機嫌だった。


 俺は昨日からまったく眠れず、しかも次の作戦が決まっている―戦争が続く―ことを2人に黙っていなければならない。ともあれ、野営地にほど近い丘の上で俺はのんびりと午後の時間を過ごした。

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