第2話 その巨人の剣の名は

 愛機とともにウィレの空を落ちていく。


 大気を裂きながら落ちる。もはや雲は頭上にあり、目の前いっぱいに地面が迫っている。機体は地面に向かい、叫び続けている。自分も吼える。恐怖で叫ばなければ気が狂いそうだった。

 近くを誘導弾と炸裂弾がかすめるたびに生を実感する。たかだか一発の着弾でグラスレーヴェンがやられることはないが、姿勢が崩れて地面に激突すれば中身である自分たちはもたないし、推進剤に引火すれば装甲がどんなに頑丈だろうが中から焼き殺されてお終いだ。


『警告、敵機直下』


 眼下、敵の全翼迎撃機が低空すれすれを滑空していた。


「―!」


 突然、その迎撃機の群れが直角に近い角度で上昇してくる。こちらに狙いを定めていたのだ。


『来るぞ、キルギバート』


 隊長の声に頷く。機体の操縦桿を握りしめ、力一杯手前に引いた。機体が足を下に、起き上がっていく。空中で直立したグラスレーヴェンは速度を増して落ちていく。

 自分の足元にあるフットペダルに足をかける。まだ踏まない。減速が早すぎれば迎撃機は速度を緩めた自分を真っ先に狙ってくる。自由落下の速さに甘えながら、迎撃機が怖気づくほど近くで減速してやり過ごすのだ。


―まだだ、まだまだ。


 警告が鳴り響く。ここまで来れば、もう減速してもいいだろうと、心のどこかから泣き事が上がってくる。本当にそうか? と、理性が疑う。


 全翼迎撃機の機種が、こちらを向いた。


『そっちに行くぞ!!』


 トリガーを握る暇がない。音声認識を起動し、愛機に命じる。


「プロンプト、叩き落とせ!」


 機体の肩から露出した砲身が唸り声をあげて回転する。その弾幕を、迎撃機が錐揉みしながらすり抜けた。弾が当たらない。


 もう敵機は目と鼻の先だ。コクピットハッチが曇天の空の鈍い光を受け、そして透けた。ヘルメットにマスクを装着したウィレ空軍パイロットの顔が、すぐそこにある。


 同じだ、俺と同じように、吼えている。


「―来い」


 パイロットグローブに包まれた両手を前方に突き出した。それを握り込み、掌の骨が軋む。パキン、と骨の鳴るような小気味の悪い音がしたと同時だった。



「う……!」


 腕に電流が走ったような痛覚があり、そして両手が淡く緑色に光り始める。


―汝に


 コクピットモニターに何かの起動を示す文字列が浮かび上がり、それが明滅した。



―軍神の加護あれ


 腕が爆発したかのような衝撃に顔をしかめる。パイロットスーツの外被膜と、グローブに接続された端子血管に通電した。ここから起こることは、自分だけが、グラスレーヴェンの搭乗員である自分だけが知っている。


「答えてくれグラスレーヴェン……!」


―軍旗への忠誠 汝の胸にあり

 自分に与えられた力の全てが、起動する。

 

「ヴェルティアを!」


 その瞬間、グラスレーヴェンの腕が腰へと伸びた。鋼鉄の手が佩楯にも似た装甲の脇にある銀光色のなにかを掴み、そして引き抜いた。

 そのなにかはグラスレーヴェンの半身ほどもある、巨大な白刃剣ヴェルティアとなって現れた。剣を上段に構えた機が急降下する。迎撃機が誘導弾を立て続けに放ち、それは誤ることなくグラスレーヴェンの装甲にぶち当たって爆発を起こした。


 だが、その炎さえまとい、さらに飛び込んだ。


「斬る―」


 腕を横に払った。


 雄叫びに意志を託されたように、グラスレーヴェンの腕が自然と持ち上がり、振りかざした銀の刃が空を切った。


 一閃。


 モルト軍の生み出した巨人の頭頂すれすれを全翼機が飛び過ぎ、刃を振り抜いたグラスレーヴェンは足と背部のスラスターを最大出力で噴射する。


「立て!!」


 そのまま地面へ巨大な二本の足を喰い込ませて、着地する。


 その頭上で巨大な爆発が起こり、その紅い炎を背に受けながら抜いた刃をする。


 振動収まらないコクピットの中で、顔を上げる。目の前には夥しい数の無人機、戦車、装甲車が立ち塞がる。その砲口がこちらを向く。


 それでも、もう恐れることはなかった。


 歯を剥いた。


「キルギバート、参る!」


 この日、グラスレーヴェン部隊はモルトランツ守備隊を撃破し、西大陸の心臓部に到達した。

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