第一章 西大陸-シュティ・アーシェ-編

第1話 「この戦争は未曽有のものになるだろう」-ウィレ-


 200年前。ウィレ・ティルヴィアで「人類史上最後の戦争」と呼ばれる大戦争が勃発した。

 歴史上多くの縁を持つウィレとモルトだが、現在まで続く因縁はそこから新たに始まった。惑星全土の掌握をかけてウィレ東大陸を占めるシュトラウス系民族とモルト系民族が中心となって行われた大陸間戦争、通称"最終戦争"で失われた人命は3億6千万人。滅亡した国家は16か国に及ぶ。全て、大戦末期に行われた参戦国の核戦争によるものだ。


 ウィレにはその昔、東西大陸の他にもう一つの大陸が存在した。中環大洋に浮かぶ"南大陸"だ。彼ら南洋民族はシュトラウス民族とは不倶戴天の敵同士だった。そして最終戦争の折に、モルト国に味方し連合国と戦った。大戦末期になると国力差から彼らは劣勢に立たされ、ついに連合国軍の上陸を許すことになる。


 彼らが取った行動は、未だに惑星の歴史において最大の禁忌として名を刻んでいる。彼らは降伏を拒み、首都に侵入したシュトラウス連合国軍を道連れにするため、16発の中性子爆弾、20発の水素爆弾を含む大小百発以上の核弾頭を南大陸全土で同時に起爆した。この時に南大陸に存在した九か国の国家が滅亡し、居住していた住民の9割5分に及ぶ2億3千万人が死亡した。今、南大陸はわずかな"諸島群"となってその名残を現代にとどめている。


 結局、「人類史上最後の戦争」は惑星全土が疲弊し、傷つき、両陣営が戦争継続の能力を失ったことで終わりを見た。両陣営は講和し、戦争は終わった。


 その後、ウィレ・ティルヴィアは急速に「惑星国家統一」への道を進むこととなった。


 大陸歴2718年1月1日。公都シュトラウス、7時10分。


 惑星政府公用車の黒いリムジンがけたたましいサイレンを鳴らしながら猛スピードで公都の東西南北を巡る都市高速環状線を走り抜けている。


 惑星統一国家であるウィレ・ティルヴィア政府にも開戦の報は伝わっている。


 その後部座席に身を置く最高議会首班のカルヤ・アルカナ議長は、今年で40歳になる。惑星政府では歴史上最年少の政府首班だ。細身の体に背広を着て、緊急会議に向かっている。重責からくる疲労ゆえに白髪交じりで、面立ちもけして気が強そうとは言えないが、細目に隠された黒の瞳の光は強く鋭い。


 彼は議会到着までのわずかな時間、情報目録データベース立体映像投射端末ホログラフィを使って眺めている。


 閲読は2716年の冬の記事に始まる。


『209便事件 死亡乗客遺族への賠償交渉打ち切り』

『モルト首領ブロンヴィッツ "戦争か平和か"』

『ウィレ公家シェラーシカ家とモルト軍高官ラシン家の婚約破棄か』

『惑星の名家 婚約破棄に同意 惑星の融和潰える』

『シェラーシカ・レーテ ウィレに帰国 婚約破棄に無言貫く』


 記事をさらに巡る。国家間の係争は民間へと波及していく。


『公都シュトラウスでモルト系市民団体が大規模抗議活動』

『モルト系市民デモと警官隊が衝突 死傷者多数』

『モルト首領ブロンヴィッツ 西大陸モルト民族居住地の解放を要求』

『公都シュトラウスで爆弾テロ 死者数百人』

『アクスマン重工前で銃撃事件 社長夫妻が死亡』


 翌年2717年へと、目を移す。


『モルト首領 ブロンヴィッツ "モルト国家元首"就任。軍権完全掌握へ』

『ウィレ―モルト間 宇宙開発事業凍結へ』

『ウィレ・ティルヴィア政府 "国交を大陸歴2700年以前の状態へ差し戻す"と発表』

『ウィレ―モルト間 交通遮断』

『モルト・アースヴィッツ政府 報復を宣言』

『駐ウィレモルト政府関係者 本国帰還へ』

『モルト軍総参謀長ローゼンシュヴァイク更迭 融和派を粛清か』

『人工衛星からの連絡途絶 ウィレ市民12億の生活に影響』

『人工衛星 モルト軍が制圧宣言』

『モルト軍艦隊 ウィレ上空に展開 開戦不可避か』


 アルカナは閲読を止め、痛む目頭を押さえた。


「209便、か―」


 2年前。ウィレ・ティルヴィアからモルト・アースヴィッツへ帰還する宇宙船をウィレ・ティルヴィア宇宙軍艦艇が撃沈するという事件が起きた。いわゆる『209便事件』だ。


 当時のウィレ軌道上は「亡命回廊」と言われている。軍拡の進むモルトからの知識人亡命者と、ウィレからモルトへ亡命するモルト系市民の行き来が盛んな時期だったためだ。

 事件は最悪の時機に起きた。亡命と難民を阻止しようとしたウィレ・ティルヴィア軍の威嚇射撃が民間船に命中した"誤射"。しかも、この船はウィレとモルトの開戦を避けるための民間人使節が搭乗していた。乗員乗客300名の中に生存者はいなかった。この事件により、ウィレとモルトの関係悪化は決定的なものとなった。


 惑星一つが国家であるウィレ・ティルヴィア政府も一枚岩ではない。モルトとの融和を望む者、逆にモルト民族を蔑視し、彼らを排除しようとする者もいる。アルカナは前者に属していた。強硬派である軍を抑え、開戦やむなしとするタカ派の議員団をけん制し、アルカナは今日まで和平に狂奔し続けた。


 それも、この開戦で全てが水泡に帰した。戦争が始まったならば、ウィレ・ティルヴィアの政治を司る人間として与えられた責務を全うするしかない。いかに惑星ウィレ・ティルヴィアが被むる害を減じ、早期に戦争を終えられるようにしなければならない。


 だが、それが叶ったとしても―。


「この戦争は、未曽有のものになるだろう」


 あらゆる覚悟は、決めなければならないのだ。

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